
アグネアがドルシネアと勝負する口実のために、悪徳地上げ屋みたいなイベント作ったのは百歩譲っていいとして、ドルシネアがそこまで貧民街の出であることを恥じる理由、みたいなのがもう少し描写あってもよかったと思うんですよ。
というか、あのくだりは何回見てもドルシネア側はちゃんと正規の手続きを経て土地を購入し、住人には退去のための猶予期間まで与えてるので、それをアグネアが止める正当性がないのですよ。まあ、行く場所もないのに退去までに猶予期間だけ貰っても困るのはそれはそうなんですが、それとアグネアは何の関係もないので。
ライターが描きたかったのは、自分がスターであるために、その障害と感じるものを犠牲を出してでも排除したがるドルシネアの独善性は、アグネア及びクアニーのスター観とは相容れないので、どっちがスターとして正しいか選んでもらおうじゃないか、という流れだと何となく思うのですが、なーんかこう、スッと飲み込めない引っかかりがあるんですよねえ。
ドルシネアランドってのもネーミングはアレですが、あの貧民街を再開発して観光客とか呼べるようにする、と考えるとそこまで悪い話ではない気もするし。ただ単にこの街を地図から消してやるぜって話ならまた別だったと思う。自分の出自がバレるとスター業に差し支えるというなら、そういう噂をしているモブでも仕込んでおけば、ドルシネアが「もう待てない」となるのもまあわかる。そこにアグネアがどこで生まれようとええやんけ、と反発するのもわかる。
話の都合上、ドルシネアの行動にはそこそこ正当性があって、文字通り田舎の小娘がそこに難癖…とまでは言わないけど、何とも言えない後味の悪さを残してると思う。
で、そこから「決着は舞踏祭で」ってなるのがもう、何でやねんだった。アグネアのストーリーでは、おそらくプリムロゼ編との対比で死者を出さないようにしつつ、踊子らしいストーリー展開でバトルもちゃんと入れようみたいな大枠があったんでしょうけど、そのためにだいぶ無理矢理作ったなという感が否めない。
何やかんやでドルシネアがスターになったのはちゃんと本人の努力と実力あってこそなので、それならアグネアと対立するならもう少し違うところから描けたやろという感があります。
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