ドルシネア戦で誘惑やら戦線離脱系の技の対象がアグネア以外ってところを見るにつけ、アグネアの「観客」である仲間達を自分の観客にしようとしてるってことで、あの世界では観客の多さ=スターだし、あのバトルは殴り合いじゃなくてそういうバトルなんだなって…。初見でわかるかそんなの!!! ってなりましたよね。いやほんと、私の読解力がクソなことは承知しているのですが、ドルシネア戦がダンスバトルとして想定されてるっていうのはさすがに思いつかなかった…。ゲームの都合上、ストーリーのラストにはそりゃバトルが外せないのは分かってたけども、ドルシネアと戦闘って結局殴り合いでスター対決って何やねんそれって思ったし、そもそもスター対決みたいなやつにアグネアが乗っかるのがすっごく嫌だった。
でもまあ、ダンスバトルで観客の奪い合い的なことは確かにああいう形でしか表現できないよなあとも思ったり。
で、あのときのドルシネアの中では観客の多さ=スターの証であり、本当はそうじゃないのにアグネアは同じ土俵に乗ろうとしてしまったから一時は「自分の歌や踊りは無力なのか」と心が折れそうになったと…。でも本当は、届く人には届いていて、ちゃんと受け取ってくれていたから、その人たちに応えようと踊り続ける姿が他の観客にも徐々に届いた感じなんかね…。例えるならSNSでいいね数競うみたいな?
まあ、いいねのために一途に努力してちゃんと結果出してる人を無下に否定はできないけど、そういうのだけじゃないよねって話なのかもね、なるほどなるほど…(勝手に納得) って攻略本を読んでようやく腑に落ちた感じはあります。
ドルシネア戦がどうにも腑に落ちなかったのは、多分アグネアとドルシネアの「スター観」は違うのに、同じ土俵で勝負しようとしてアグネアが勝手に負けそうになってたり、ドルシネアが勝手に負けちゃったりしたのが、「スターってそういうことじゃないやろ…」って点だったのですが、うんまあ昨今匿名掲示板とかでよく見かける同人屋のSNSに対する愚痴とか見てると、ああ…そういう…って感じで納得してしまったりしたのでした。いやどっちにしてもスターってそういうことじゃないやろって話なんですが、少なくともあの戦闘に関しては、「スターとは観客の多さではない、支えてくれる人たちにどれだけ応えられるかだ」という話だったんだろうなという。