オボロについて考える

これ完全に妄想なんですけど、神話ではエルフリックが7人の偉人たちの力を合わせてやっとこさ封印したような邪神が、いくら明日を望む者たちと言えどただの人間である旅人たちに太刀打ちできる存在だったとは思えないんですよね。ガルデラ君も「力が足りぬから負けた」と自己分析してたわけですし。前作のことは知らんので本当に妄想なのですが、ヴィーデは不完全な状態で顕現したのではないでしょうか。封印を解くための聖火を消す儀式も、オリが完全に生贄となれなかったので完全に解けず、カザンは元々ヴィーデの器としては力不足なので顕現こそできたものの、完全体ではなかったと考えています。だからこそ、旅人たちも太刀打ちできた。

で、カザンほどの慧眼があれば、クロードをはじめとしたヴィーデの器がちゃんと用意できなかった時点で、もうヴィーデ召喚は失敗あるいは不完全になることは分かっていたと思うんですよ。でも、動き出した計画はもはや後戻りはできないし、不完全であろうとヴィーデが復活して明日を消してくれるのであればそれで良い、少なくとも自分が器となれば、自分には明日は来ないと分かっているから、それで良かろうとしたのがひとつ。もうひとつ、やはりヒカリくんの存在があったのではないかなと…。

作中で妹のオリは明確にパルテティオに心を動かされ、彼が作る明日を見てみたいかもしれない、という思いから手元を狂わせています。同様に、長年ヒカリくんを戦場で見てきて、彼が実際にク国を取り戻し戦のない国として再出発したのを目の前で見たカザンにも、心動かされるものがまったくなかったとは言えないのかなと…。同じようにずっと戦場にいたはずなのに、明日を望むヒカリくんと、まったく望まぬ自分。計画が進めばいずれぶつかり合うことは火を見るよりも明らかなわけで、そのときにどちらが勝つのか、神話のようになるのか果たして…と、賭けてみたいという気持ちが出てきたので、ヴィーデの器を新しく探すことをせず、不完全になると分かっていて敢えて自分が器になってみたという…。もちろん、不完全でも邪神は邪神なので人間に太刀打ちできぬ圧倒的な力でもって、ヒカリくんが絶望するというのなら別に不都合はないし、やはり明日に価値などなく希望は無力だった、ということだし、折れずに邪神が再び封印されるのであれば、明日を迎えれば良かろうということだろうみたいな。それだけの希望を力にできたのを、少しだけ羨ましく感じながら。どっちにしても自分はもう明日を迎えないのだから、そういう自分がいたことを胸に生き抜きたれば生き抜け的な…それ何てエメトセルク???

まあ完全に妄想なので後半はアレなんですが、仮にカザンがヴィーデの器たる資格を有していたのであれば、本気で世界が終わってた可能性の方が高いしね…でも実際はそうでなかったわけで、さすがにカザンがクロードの血を引いてるとかはなかったと思います。厳密には「資格」はあったけど、適合性がなかったというか。カザンが器を用意しなかったことによるあれこれを予見してなかったとは思えないので、やはりヴィーデが不完全なままになることを分かっていて、己を捧げたんじゃないかなあと。

でも、やっぱりちゃんとした器じゃないから下手すると召喚自体失敗して、自分がただ焼身自殺しただけになってたわけで、そのリスクをカザンが取るか? と言われたらそれはそう…。そもそもヴィーデの器には何が必要かが開示されてないので、あそこでカザンが器になれた理由も謎のまま。邪神を召喚するに相応しい絶望を有していたとかならワンチャンあるか? でも、ヴィーデの血は入ってないからおそらく不適格は不適格なんよな…。そもそも、あそこでカザンがヴィーデの器になったという解釈自体がおかしいのか? でもヴィーデの顔にさあ…カザンの面影あるよねアレ…うーん、この…色々あーでもないこーでもないと考えるの楽しいねえ…(ニチャア)

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