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2019/01/21 18:09:01
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 窓から漏れる陽の光に照らされて、ティナはうっすらと目を開けた。心地良いまどろみが遠ざかっていくのが名残惜しくて、もう一度目を閉じようかと思ったところで、ここが見慣れた自分の部屋ではないことに気付いた。
 ふかふかの広いベッドに、大きな枕。高い天井に床には毛足の長い絨毯がきちんと敷かれていて、心地良い香りが漂っている。身を起こして辺りを見渡せば、ティナは何も纏っていなかった。
 下半身の鈍い痛みがティナの記憶を呼び起こす。ここはフィガロ城の城主の寝室で、そこで昨夜――。

「お目覚めかな、お姫様」

 柔らかいテノールで呼びかけられて、ティナは声の方に視線を向けた。その先には、何も着ていない自分とは対称的にきちんと身支度を整えた、いつも見慣れた姿のフィガロ国王エドガーが、ティーセットを手に佇んでいた。
 エドガーは音も立てずに歩み寄り、ティナの隣にふわりと腰かけた。重みでマットレスが沈み込み、エドガーの香りが辺りを埋め尽くす心地がして、ティナは頭がふわふわとするのを感じた。

「おっと、レディにそんな格好をさせたままではいけないね」

 困ったように微笑むと、とりあえずこれで我慢しておくれと、エドガーはティナの肩にシーツをかけてやる。

「あ、ありがとう」
「昨夜はよく眠れたかな? ここは君にとっては慣れない場所だしね」
「……とてもよく眠れたわ。貴方が居てくれたから」
「なら、良かった。俺ばかりがいい思いをしているのではと、少し不安だった」

 ティーカップに紅茶を注ぎながら、苦笑するエドガーを見てティナはふわりと微笑んだ。差し出された紅茶はとても温かく、身体がじんわりと解れる気がした。紅茶を味わっている間も、エドガーは隣で穏やかな微笑みを浮かべたまま、ティナから視線を外そうとはしない。

「はずかしいわ、エドガー」
「おっと失礼。あまりに無粋な真似だったな。だが、なぜだろうな。君から目が離せないんだ。こうして、君と朝のお茶をいただいているなんて、まるで夢のようで」
「エドガー」
「……触れてもいいだろうか、ティナ」

 すう、と目を細めたエドガーの言葉に顔が熱くなるのを感じながら、ティナはこくりと頷いた。昨夜も、エドガーはそう言ってティナに触れた。髪にそっと指を絡ませ、頬に触れ、視線を交差させて、そして――。

「キスを、いいかな」

 ティナが小さく頷いたのを確認して、エドガーの顔が近付いて、唇に触れる。それだけで心臓が口から出そうなほどなのに、心はどこか満たされてしまって、もう少し触れたい気持ちでいっぱいになる。
 ふと見上げれば、エドガーも同じ気持ちでいるのか、少しだけ困ったようにはにかんでいるのが目に入った。

「まいったな」

 フフ、と自嘲するかのようにエドガーがため息をつく。

「キスだけで、俺はこの時間がもっと続けばいいのにと願っている」
「私もよ」

 本当はこんなことをしている場合ではないのはわかっている。滅びゆく世界を救うために、これ以上の犠牲を出さないために、一刻も早く前に進まねばならない。エドガーが早々に身支度を整えているのはそのためなのだろう。何よりも自国の民を案じており、民を守る責任を背負っている若き国王が、生まれて初めて我を通してこの時間を過ごしている。それはティナも同じことだ。みんながそれぞれ、最終決戦前に後悔を残さぬよう、思い思いの時間を過ごしている。それでも、生まれて初めて感じた異性への愛と、それを受け入れてもらえた喜び、共に時間を過ごせる幸せをもう少しだけ共有したい。そう願うことはわがままなのだろうか。

「エドガー」
「何だい」
「時間はまだあるかしら?」
「もう一度キスをするくらいなら」
「なら、もう一度キスをしてほしいわ」
「お望みのままに」

 カップを置いて、もう一度エドガーの顔が近付くのに合わせて、ティナもエドガーの首に腕を回して唇を重ねる。肩にかけられたシーツがふわりと落ちて、一瞬エドガーが戸惑うように身を離そうとしたところで、ティナはエドガーを抱きかかえるようにマットレスに身を沈めた。

「な、ティナ……っ」
「お願いエドガー、もう少しだけ……」
「ティナ」

 エドガーの顔が困惑と逡巡に歪み、そのまま力強く彼の胸板にティナの顔が押し付けられる。とくとくと規則正しい心臓の音と、確かな温かさがティナの心を満たして、際限ない望みを引き出してくる。

「レディにそんなことを言わせてしまうとは、俺も錆びついたものだな」
「エドガー」
「俺も、止められないんだティナ……」

 懇願するかのような掠れた声が、ティナの身体の奥を疼かせた。

「エドガー、愛しているわ。私は大丈夫だから」
「俺も、愛しているよティナ。無理があればすぐに言ってほしい」
「ええ……大丈夫」

 エドガーの手が、覚悟を決めたようにティナの胸元に滑り込んでいく。その感触に一瞬びくりと身を震わせて、ティナはそっと目を閉じた。
 エドガーの手は大きくて、とても温かくて、もっと沢山触れられたいと、心からそう願った。

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