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狭い少女の中を貫いたその瞬間に、背中に小さな痛みを感じた。
「せ、殺生丸さま……っ、すみません……」
我が身体の下で息も絶え絶えになりながら涙目でりんが謝っている。どうやら先ほどの小さな痛みは破瓜の痛みをやり過ごそうとしたりんが勢い余って私の背に爪を立てたらしい。私が人間の男であったなら、このようにひと息に貫いて要らぬ苦痛に顔を歪ませるような真似はしないのだろうか。私の中を流れる妖怪の血は、りんの頬を伝う涙と、貫いた部分から流れる血の匂いに今にも沸騰しそうになっている。
――この娘をもっと喰らいたいと。
私がほんの少しでも気を込めれば、この娘は容易く死んでしまう。それだけはならぬ。もう、あの時のような思いはしたくない。遠くない未来に確実に訪れる結末だとわかっていようとも、それは断じて今ではない。
息を整えようとはくはくと薄い胸を上下させる様は、まるで今にも命尽きようとしているようで私は矢も楯もたまらずりんの髪を撫でてやった。
「苦しいか」
「いいえ……、あたしは嬉しいのです殺生丸さま。ただ、殺生丸さまのお身体を傷つけてしまいました」
「かまわん。こんなものは傷のうちにも入らぬ」
よかった、と言ってりんは微笑んだ。自分は今にも果てそうな息遣いをしているくせに、何の痛みも感じていない私の心配とはまったくもってこの娘は理解し難い。
そうだ、こんなものは傷のうちにも入らぬ。そんな小さな身体の、小さな爪ではこの殺生丸の身体に傷など一寸たりともつけることは敵わぬ。仮に僅かでも傷がついたとして、そんなものはたちどころに癒えてしまう。お前は砂浜に爪を立てたことがあるだろうか? たとえほんの僅かな爪痕を残せたとしても、水と風がたちどころに流し去ってしまう。それと同じだ。あとには何も残らぬ。傷がついていたという痕跡も、痛みも、何もかも。
だから、りん。爪などいくらでも立てるが良い。この殺生丸が生涯唯一の妻にと望んだお前の爪痕が少しでも私の身体に残るように。お前と過ごす日々の証をこの殺生丸の身体に刻みつけよ。いつの日、お前の面影を求めて永の時を過ごす私が、いつでもお前のかわいい顔を思い出せるように。
私も、私と過ごす時の証を、死してなお忘れることができぬほどお前の中に刻みつけよう。何もかも忘れて生まれ変わっても、すぐに私のことを思い出せるように。