目の前に浮かび上がる朱鷺色のシルエットに、エドガーは我が目を疑った。忘れもしない、あの日ナルシェの断崖で見た光景。衝撃波に吹き飛ばされ、崖から転落しそうになりながらも目に焼き付いたその姿。あの瞬間、エドガーの視線を奪ったのは驚きでも恐怖でもなかった。
状況は違うが、あのときと全く同じ感情がエドガーの視線を心ごと奪っていく。
「ティナ……その姿は!」
紺碧の瞳を丸く見開くエドガーに、異形の姿となったティナが少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「不思議ね、エドガー。あんなに戦うのが怖かったのに、今はもう怖くないの」
「怖くない……?」
「私、みんなを守りたい。エドガーのことも。だから、戦う。……力を貸してもらえる?」
ティナに手を握られて、思わずどきりとした。ティナが魔力を集中させているのが伝わる。こんな状況下でも、否応なしに自分の想いは溢れ出てしまうのが少しだけ嫌になる。
みるみるうちに傷が癒えて、力が湧いてくる。ティナに回復魔法をかけてもらったことは一度や二度ではないが、エドガーの知っている感触とは少しだけ違う気がした。魔力を注がれた箇所がじわじわと温かい。その温かさは、エドガーの中にあるティナへの想いから来るものか、それとも――。
ティナの真紅の瞳はエドガーを真っ直ぐ捉えていて、彼女が確かに「答え」に辿り着いたことをどんな言葉よりも明確に物語っていた。ならば、全霊をもって応えよう。
「わかった、ティナ。君も戦ってくれるなら心強い」
ティナの手に口唇をそっと押し当てて、彼女の手を引いて立ち上がる。ティナは少しだけ顔を赤らめて、エドガーの動きに従って立ち上がった。
視線を交わせば、言葉にせずとも何かが通じ合うような気がして、それがエドガーの心を満たしてくれる。忘れ物は、無事に回収できた。あとは無事に帰れればいい。エドガーは愛用の槍を構え直して、フンババを鋭く見据えると口角を上げた。
「さて、どう戦おうか」
*
ティナを伴ってファルコン号に戻ってきたエドガーを見て、ファルコン号に待機していた面々は大いに沸き立った。
「忘れ物を取りに行くとは聞いたが、持って帰るとまでは聞いてないぞ」
「持って帰ったつもりはないさ。これはティナの意思だ」
「みんな、心配かけてごめんなさい。またよろしくね」
「おかえりなさいティナ!」
涙を浮かべながら再会を喜ぶ女性陣に思わず表情がほころぶ。まさかこうして一緒に戦うことができるようになるとは、露ほども考えられなかった。拒絶されても仕方ないと思っていたのに、ティナは微笑みながら自分を迎えてくれて、そして一緒に戦ってくれた。本当に強くなった。
――と、ティナを見つめていて、エドガーははたと気付いた。フンババの攻撃からティナを守ったあのとき、これがもはや今生の別れだろうと覚悟を決めて、自分の想いを思わず口にした。元よりきちんと告げるつもりでティナに会いに行ったわけだが、まさかあんな土壇場での告白になるとは思いもしなかった。だが、この際それはいい。問題は、それに対してティナが返した言葉だ。
――私も、貴方を愛しているわ。
状況が状況だっただけに、それが空耳でなかったという保証はない。その直後、ティナが戦う力を取り戻しふたりで見事にフンババを粉砕するという大事をなした後、ティナはモブリズにいる「家族」の未来を守るためにこうして戻ってきてくれた。飛空艇に戻るまでの間、そんなに長い時間ではないとはいえティナは色々と積もる話をしてくれた。しかし、その中にエドガーの一世一代の告白の話題は一切出なかった。フィガロ国内で音に聞こえた百戦錬磨の国王をもってしても、正直言ってあれが夢ではないという確信が持てない。かと言って、自分から話題に出すのも何となく気が引ける。そうしているうちに飛空艇に着いてしまい、現在に至る。
結局ティナと会う前と状況はあまり変わっていないのではないか。ふう、と内心でため息をついた。やはりここはもう一度仕切り直す必要があるだろうか、だがそんな時間はもうないだろうと表情には出さないようぐるぐる考えていると、マッシュが「兄貴、呼ばれてるぞ」と小声で腕を小突いてきた。
顔を上げれば、いつの間にか仲間達の視線が自分に注がれている。再会劇からいつの間にかミーティングに移行していたらしい。
「エドガー、聞いてる?」
「え、ああ、すまないセリス。少し考え事をしていてね」
「ったく、忘れ物取りに行く前と変わってねえじゃねえか。いいか、お前の忘れ物のおかげで前回の補給が十分じゃなかったのは覚えてるか」
「面目ない」
「ティナが戻ってきてくれたのはありがたいしとても嬉しいんだけど、人数が増えた分色々と足りなくなったのも事実なの」
セリスの言葉に、ティナは申し訳なさそうな顔をした。「違うの、そうじゃないのよ」とセリスが慌ててフォローを入れるが、相変わらず彼女も不器用で適当な言葉を思いつかないようだ。
「つまり、このまま瓦礫の塔には向かえないということか。ここから一番近いとなるとアルブルグかニケアってところか」
「ご明答だが、ここまで来て準備不足でしたは許されねえ。アルブルグかニケアまで飛ぶなら、もう少し飛んでフィガロが妥当だということで一致してるが王様はどうなんだ」
「フィガロも例に漏れず物資不足だが、努力はしよう。ただしあまり期待はするな。王様なんぞに何ができる、と言ったのは君だろう」
「そこでそれ出してくるのかよ……」
してやられたと言いたそうに舌打ちをして頭をかくセッツァーに少しだけ溜飲は下がった。言われ放題なのは御免被る。
「じゃ、次は補給部隊だな。ファルコンを砂漠のド真ん中に下ろすのは断じて御免だ。だから、いつもどおり補給部隊と留守番組に分けるぞ」
「砂漠に下ろしてくれりゃすぐなのにー」
「ファルコンは借りモンだからな」
「そんなこと言って、傷男はブラックジャックのときも砂漠に下ろすのは御免だとか言ってたじゃん。本当は砂の上に着陸させられないだけじゃないの?」
「言ったなこのクソガキ。んなわけねーだろ。だがな、砂漠に下ろすと――」
「もう、話進まないじゃない!」
最終決戦が控えているにも関わらず、緊張感があるのかないのかよくわからない雰囲気にみんなの表情が緩む。見れば、ティナもクスクスと笑っている。ティナの笑顔に、エドガーも頬が緩んだ。ふと視線が交錯して、ティナの頬が少しだけ染まる。今まで見たことのなかったその表情に、心臓が大きな鐘をひとつ撃った。
もういいか、とロックが手をパンパンと打つ。
「とりあえず、補給部隊決めりゃいいんだろ。まずエドガーは絶対な」
「容赦ないな。少しぐらい休ませてはくれないのか」
「フィガロで休んでくればいいだろ」
「俺がフィガロで休めると思っているのか」
「王様はつらいね!」
そうは言っても補給のために物資を手配するのも、溜まりっぱなしの執務を片付けるのも、エドガーがいなければ始まらない。ため息をつきながらエドガーは承諾した。
「で、他のメンツだが――」
「あの……私、行ってもいい? 今のフィガロに行ってみたい」
おずおずと手を挙げるティナに一同の注目が集まる。
「それは構わないけど、今のフィガロって言っても何も目新しいものはないよ」
「そうよ。ティナは戻ってきたばかりだし、砂漠にはモンスターもいるから危険よ」
「いいの。私、世界がこうなってからモブリズ以外の場所に行ったことがないし、みんなの足手まといにはなりたくないから、ちゃんとお仕事を覚えたいの。戦いの勘も取り戻さなきゃいけないし……。それに……」
「それに?」
「私、エドガーのお話をまだ聞いていないから。話したいことがある、って言ってくれてたでしょう?」
にこにこと話すティナの言葉に、その場が凍りついたのを感じた。それと共に、何かを言いたそうな痛い視線が仲間達から感じられるのはきっとエドガーの気のせいだろう。そうであってくれ。
「あー……そうだな、それじゃあまあ、残りは待機ってことでいいか」
「ちょっと待ってくれ、二人だけじゃ物資を持って戻れないだろう」
「まあまあ兄貴、荷物はチョコボ隊出してもらえばいいじゃねえか」
「いやしかし」
確かにエドガーはモブリズで「話したいことがある」とティナに言った。だから時間をくれ、と。そしてティナも、それをこうして覚えていてくれたことは何よりも嬉しい。だが、どうしてこうもティナのこととなると思い通りにことが運ばないのであろうか。
一番話したかったことは既に伝えてあるのだから、まずは瓦礫の塔攻略を優先すべきだと言おうとしたところで、ティナと目が合った。
「みんなもいいって言ってくれてるし……、ね?」
にこりと微笑むティナには、有無を言わせない圧力を何となく感じた。気が遠くなりそうだ。ああそうだ、これはその昔母上が――。
「……わかった」
その場にいた仲間達の視線に、何とも言えないものを感じたのはもはや気のせいでは片付けられないだろう。
状況は違うが、あのときと全く同じ感情がエドガーの視線を心ごと奪っていく。
「ティナ……その姿は!」
紺碧の瞳を丸く見開くエドガーに、異形の姿となったティナが少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「不思議ね、エドガー。あんなに戦うのが怖かったのに、今はもう怖くないの」
「怖くない……?」
「私、みんなを守りたい。エドガーのことも。だから、戦う。……力を貸してもらえる?」
ティナに手を握られて、思わずどきりとした。ティナが魔力を集中させているのが伝わる。こんな状況下でも、否応なしに自分の想いは溢れ出てしまうのが少しだけ嫌になる。
みるみるうちに傷が癒えて、力が湧いてくる。ティナに回復魔法をかけてもらったことは一度や二度ではないが、エドガーの知っている感触とは少しだけ違う気がした。魔力を注がれた箇所がじわじわと温かい。その温かさは、エドガーの中にあるティナへの想いから来るものか、それとも――。
ティナの真紅の瞳はエドガーを真っ直ぐ捉えていて、彼女が確かに「答え」に辿り着いたことをどんな言葉よりも明確に物語っていた。ならば、全霊をもって応えよう。
「わかった、ティナ。君も戦ってくれるなら心強い」
ティナの手に口唇をそっと押し当てて、彼女の手を引いて立ち上がる。ティナは少しだけ顔を赤らめて、エドガーの動きに従って立ち上がった。
視線を交わせば、言葉にせずとも何かが通じ合うような気がして、それがエドガーの心を満たしてくれる。忘れ物は、無事に回収できた。あとは無事に帰れればいい。エドガーは愛用の槍を構え直して、フンババを鋭く見据えると口角を上げた。
「さて、どう戦おうか」
*
ティナを伴ってファルコン号に戻ってきたエドガーを見て、ファルコン号に待機していた面々は大いに沸き立った。
「忘れ物を取りに行くとは聞いたが、持って帰るとまでは聞いてないぞ」
「持って帰ったつもりはないさ。これはティナの意思だ」
「みんな、心配かけてごめんなさい。またよろしくね」
「おかえりなさいティナ!」
涙を浮かべながら再会を喜ぶ女性陣に思わず表情がほころぶ。まさかこうして一緒に戦うことができるようになるとは、露ほども考えられなかった。拒絶されても仕方ないと思っていたのに、ティナは微笑みながら自分を迎えてくれて、そして一緒に戦ってくれた。本当に強くなった。
――と、ティナを見つめていて、エドガーははたと気付いた。フンババの攻撃からティナを守ったあのとき、これがもはや今生の別れだろうと覚悟を決めて、自分の想いを思わず口にした。元よりきちんと告げるつもりでティナに会いに行ったわけだが、まさかあんな土壇場での告白になるとは思いもしなかった。だが、この際それはいい。問題は、それに対してティナが返した言葉だ。
――私も、貴方を愛しているわ。
状況が状況だっただけに、それが空耳でなかったという保証はない。その直後、ティナが戦う力を取り戻しふたりで見事にフンババを粉砕するという大事をなした後、ティナはモブリズにいる「家族」の未来を守るためにこうして戻ってきてくれた。飛空艇に戻るまでの間、そんなに長い時間ではないとはいえティナは色々と積もる話をしてくれた。しかし、その中にエドガーの一世一代の告白の話題は一切出なかった。フィガロ国内で音に聞こえた百戦錬磨の国王をもってしても、正直言ってあれが夢ではないという確信が持てない。かと言って、自分から話題に出すのも何となく気が引ける。そうしているうちに飛空艇に着いてしまい、現在に至る。
結局ティナと会う前と状況はあまり変わっていないのではないか。ふう、と内心でため息をついた。やはりここはもう一度仕切り直す必要があるだろうか、だがそんな時間はもうないだろうと表情には出さないようぐるぐる考えていると、マッシュが「兄貴、呼ばれてるぞ」と小声で腕を小突いてきた。
顔を上げれば、いつの間にか仲間達の視線が自分に注がれている。再会劇からいつの間にかミーティングに移行していたらしい。
「エドガー、聞いてる?」
「え、ああ、すまないセリス。少し考え事をしていてね」
「ったく、忘れ物取りに行く前と変わってねえじゃねえか。いいか、お前の忘れ物のおかげで前回の補給が十分じゃなかったのは覚えてるか」
「面目ない」
「ティナが戻ってきてくれたのはありがたいしとても嬉しいんだけど、人数が増えた分色々と足りなくなったのも事実なの」
セリスの言葉に、ティナは申し訳なさそうな顔をした。「違うの、そうじゃないのよ」とセリスが慌ててフォローを入れるが、相変わらず彼女も不器用で適当な言葉を思いつかないようだ。
「つまり、このまま瓦礫の塔には向かえないということか。ここから一番近いとなるとアルブルグかニケアってところか」
「ご明答だが、ここまで来て準備不足でしたは許されねえ。アルブルグかニケアまで飛ぶなら、もう少し飛んでフィガロが妥当だということで一致してるが王様はどうなんだ」
「フィガロも例に漏れず物資不足だが、努力はしよう。ただしあまり期待はするな。王様なんぞに何ができる、と言ったのは君だろう」
「そこでそれ出してくるのかよ……」
してやられたと言いたそうに舌打ちをして頭をかくセッツァーに少しだけ溜飲は下がった。言われ放題なのは御免被る。
「じゃ、次は補給部隊だな。ファルコンを砂漠のド真ん中に下ろすのは断じて御免だ。だから、いつもどおり補給部隊と留守番組に分けるぞ」
「砂漠に下ろしてくれりゃすぐなのにー」
「ファルコンは借りモンだからな」
「そんなこと言って、傷男はブラックジャックのときも砂漠に下ろすのは御免だとか言ってたじゃん。本当は砂の上に着陸させられないだけじゃないの?」
「言ったなこのクソガキ。んなわけねーだろ。だがな、砂漠に下ろすと――」
「もう、話進まないじゃない!」
最終決戦が控えているにも関わらず、緊張感があるのかないのかよくわからない雰囲気にみんなの表情が緩む。見れば、ティナもクスクスと笑っている。ティナの笑顔に、エドガーも頬が緩んだ。ふと視線が交錯して、ティナの頬が少しだけ染まる。今まで見たことのなかったその表情に、心臓が大きな鐘をひとつ撃った。
もういいか、とロックが手をパンパンと打つ。
「とりあえず、補給部隊決めりゃいいんだろ。まずエドガーは絶対な」
「容赦ないな。少しぐらい休ませてはくれないのか」
「フィガロで休んでくればいいだろ」
「俺がフィガロで休めると思っているのか」
「王様はつらいね!」
そうは言っても補給のために物資を手配するのも、溜まりっぱなしの執務を片付けるのも、エドガーがいなければ始まらない。ため息をつきながらエドガーは承諾した。
「で、他のメンツだが――」
「あの……私、行ってもいい? 今のフィガロに行ってみたい」
おずおずと手を挙げるティナに一同の注目が集まる。
「それは構わないけど、今のフィガロって言っても何も目新しいものはないよ」
「そうよ。ティナは戻ってきたばかりだし、砂漠にはモンスターもいるから危険よ」
「いいの。私、世界がこうなってからモブリズ以外の場所に行ったことがないし、みんなの足手まといにはなりたくないから、ちゃんとお仕事を覚えたいの。戦いの勘も取り戻さなきゃいけないし……。それに……」
「それに?」
「私、エドガーのお話をまだ聞いていないから。話したいことがある、って言ってくれてたでしょう?」
にこにこと話すティナの言葉に、その場が凍りついたのを感じた。それと共に、何かを言いたそうな痛い視線が仲間達から感じられるのはきっとエドガーの気のせいだろう。そうであってくれ。
「あー……そうだな、それじゃあまあ、残りは待機ってことでいいか」
「ちょっと待ってくれ、二人だけじゃ物資を持って戻れないだろう」
「まあまあ兄貴、荷物はチョコボ隊出してもらえばいいじゃねえか」
「いやしかし」
確かにエドガーはモブリズで「話したいことがある」とティナに言った。だから時間をくれ、と。そしてティナも、それをこうして覚えていてくれたことは何よりも嬉しい。だが、どうしてこうもティナのこととなると思い通りにことが運ばないのであろうか。
一番話したかったことは既に伝えてあるのだから、まずは瓦礫の塔攻略を優先すべきだと言おうとしたところで、ティナと目が合った。
「みんなもいいって言ってくれてるし……、ね?」
にこりと微笑むティナには、有無を言わせない圧力を何となく感じた。気が遠くなりそうだ。ああそうだ、これはその昔母上が――。
「……わかった」
その場にいた仲間達の視線に、何とも言えないものを感じたのはもはや気のせいでは片付けられないだろう。