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2019/07/05 12:45
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 風にはためくシーツを取り込みながら、ティナは空を見上げた。血のように赤い空は今日も変わることはなく、ティナの心を騒がせた。
 セリスとマッシュが最初にモブリズの村を訪ねてきてから、何ヶ月経ったのだろう。その間に、空を切る飛空艇を何度か見かけた。記憶の底にあるブラックジャック号とは違う飛空艇だったが、あれはきっとセッツァーが駆っているのだろうと思った。飛空艇があるのなら、みんなもきっとあれに乗っているはずだと根拠もなく直感した。
 子供たちに囲まれて、日々を穏やかに過ごしていると、剣を振るっていた頃がまるで遠い過去のように思える。代わりに、心の中が温かいもので満たされて、ふわふわとした気持ちになってくる。放っておけない、ここにいたい、もっと見ていたい。何となく覚えのある感情だった。あれは、たまたまエドガーより早く目覚めて、彼の寝姿を初めて見たときの――

「ティナ、食事の用意ができたって」
「まあカタリーナ! ダメよそんな重い物を持っちゃ!」
「でも、ティナだけに色々任せちゃうのは悪いわ」

 違う物干し場から洗濯物のカゴを抱えて姿を現したカタリーナに、ティナは思考を中断して目を丸くした。手にしていたシーツを足元のカゴに押し込んで、カタリーナの元に駆け寄り彼女のカゴを持つ。

「みんな大げさなんだから」
「みんなそれだけ嬉しいのよ。一人の身体じゃないんだから、無理はしないで」
「ありがとう。本当に喜んでほしい人はすっかり素っ気なくなったけど」

 カタリーナが悲しそうに微笑む横顔を見つめながら、ティナは赤い空に視線を彷徨わせた。
 子供ができた、と嬉しそうに告げるカタリーナの顔を見るディーンの表情には、なぜか見覚えがあった。それ以来、ディーンはカタリーナと目を合わせようとはしなくなった。そんなディーンを悲しそうに見つめながら、それでも彼に声をかけるカタリーナの姿にも見覚えがあった。

「……わからないものね、人の心って。自分の心さえも、よくわからないんだもの」
「ティナは難しく考えすぎじゃないかなって思うけど」
「そうかしら?」
「うん……、愛って私にも難しいけど、好きって気持ちはそんなハッキリとした言葉とか感覚じゃない気がする」

 風が吹いて、ティナの金の髪をふわりと揺らした。

「ハッキリしないのが好きってこと?」
「うーん、私は、一緒にいると安心できるなって思ったのが始まりだったから、ハッキリとは思わなかったかも」
「あんしん……」

 脳裏に蘇るのは、砂漠の大海原の真ん中に見えた機械仕掛けの城。「ここでゆっくりしていくといい」と言って、温かいベッドと食事を用意してくれた砂漠の王様。砂漠の太陽と溶け合いそうなほどに鮮やかな黄金の髪と、紺碧の瞳を持つ彼の紡ぎ出す柔らかなテノール。

――大丈夫かい、ティナ?

 雨の夜にエドガーと一緒に眠ると安心できた。エドガーがいないとき、セリスやモグに無理を言って一緒に過ごしてもらったことも何度かあるが、眠るのが怖いのは変わらなかった。
 まだブラックジャック号で帝国を追っていた頃、雨の夜にエドガーの部屋に向かう途中でセッツァーに出くわしたことがある。セッツァーは機関室を見てきた帰りなのか、いつもの黒いコートは着ておらず長い銀髪も無造作にまとめていて一瞬誰だかわからなかった。もっとも、ティナも髪を下ろした寝間着姿だったので、セッツァーも「誰だ」と言いたそうな表情をしていた。

「セッツァー……?」
「誰かと思えばティナか。そんなカッコでウロウロしてっと狼に食われるぞ」
「この飛空艇、狼がいるの?」
「あー、いや、わからねえならいい。どこに行くんだこんな時間に」
「エドガーのお部屋よ」
「エドガーの? これはまた意外っちゃ意外だな。この俺がそういう空気を微塵も感じねえとは、やるなあの王様。いや、アンタもか」
「空気?」
「好き合ってるならそれなりに雰囲気でわかるだろ。ロックとかセリスみたいに」
「好き合ってる……多分、セッツァーが思っているのとは違うと思うわ」
「ふーん……ま、色んな奴がいるからな。呼び止めて悪かったな」

 時間にして数分にも満たない短いやり取りだった。ティナの肩をぽんと叩いて「王様によろしくな」とすれ違うセッツァーの背中を見送りながら、ティナは触れられた肩に手を回した。セッツァーの言っていることはよくわからなかったが、「好き合ってる」の一言が引っかかって、やけに不安を感じた。その夜、エドガーの温かい手が肩に触れて、ティナの中の不安感がするすると解けていくのはとても気持ちよかった。
 エドガーのことを思い出す度、会いたくなる。

「ティナ、少しだけいい?」
「カタリーナ……?」

 ティナの手を引いて、カタリーナは歩き始めた。彼女の真意が掴めず、ティナはただついていくことしかできなかった。

「着いたぞエドガー。本当に一人でいいんだな?」
「ああ、かまわない。みんなすまないな」
「兄貴、そういうのは言いっこナシだぜ」
「ま、ここまでみんな色んな回り道をしてきてるんだ。今更一つくらい寄り道が増えたところで誰も咎めるもんか。ケフカは律儀に待ってくれてるみたいだしな」
「ティナによろしくな」

 仲間達の思い思いの言葉を背に、エドガーはファルコンを降り、大地に足を踏みしめた。「エドガーはここにデカい忘れ物をしてるんだとよ」というセッツァーの一言で、大半のメンバーはおおよその事情を察したらしい。周到にひた隠していたつもりだったのに、思いのほか自分の想いは知れ渡っていたらしく、「とうとう動き出すか! かげながらヒヤヒヤして眺めてたぜ!」と恋愛事には疎いはずのマッシュに、かつてコルツ山で再会したときと全く同じセリフを投げかけられたのには、さすがのエドガーも穴があったら入りたくなった。身内に己の片想いを知られるのは何とも気恥ずかしい。
 ティナに会ってどうするべきなのか、考えても正解と呼べるものは今も見つからない。それでも、せめて忘れ物だけは回収しておこうと、エドガーは村の方向に向かって歩き始めた。

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