フィガロ城からほど近い平地にファルコン号が着陸する。世界が引き裂かれた日から長らく砂の中に沈んでいた城は、城主達の手により救出され、彼らの拠点としてその役割を果たしている。フィガロが動き出し、飛空艇が再び空を駆けるようになったとあれば、真っ先にケフカに狙われるであろうことは想像に難くない。そのため、なるべく用心はしていたのだが今のところケフカが動く気配はない。泳がされているのだろう、というのが大方の見解だった。
だが、それはエドガー達には好都合だった。まずは各地で散り散りになった仲間たちを探し求めた。荒れ果てた大地が広がるばかりの広大に見えた世界は空から見下ろせば意外に小さく、想像以上に世界はその息吹を取り戻そうとしていることがわかった。見つけ出した仲間たちはそれぞれの地で悩み苦しみを抱えながらも、自らのわだかまりにケリをつけ未来を守るために同行を申し出てくれた。
――たったひとりを除いて。
フィガロ城を救った後、セリスとマッシュからおおよその事情は聞いた。よかったのかもしれない、とエドガーは思った。小さな村で、子供たちに囲まれて穏やかに暮らすのがティナの本来あるべき姿なのだろうと思う。そして、いずれ誰か相応しい相手とささやかなしあわせを見つけてくれればそれでいい。奪ってしまったものを返すことはできないが、しあわせぐらいは願わせてほしい。
そんなエドガーの元にフィガロから一通の封筒が届いたのは、かつての仲間達の大半がファルコン号に乗り込んだ頃のことだった。それまでも、王の代理では決裁できない案件などがエドガーの元に送られてくることは多々あった。だから、誰も特に気に留めてはいなかった。当のエドガーすらも。
封筒を開け、中身を確認したエドガーがやけに考え込むような表情を見せるようになったことに気付いた者は多かったが、その内容に気付く者はいなかった。双子の弟を除いては。
「……あれ、兄貴は行かねえの?」
ファルコン号から降りる気配のない兄に、マッシュが声をかけた。表面上はいつもと変わらないように振る舞っているが、心なしか少しやつれて見えた。もう少し声をかけようとしてマッシュは口を閉ざした。こうなった兄は何がどうあってもマッシュの疑問に答えようとしないことは経験からわかっている。コインを投げるそのときまで、投げ終わっても尚、そうだったのだから。
「ああ、フィガロから送られてきた書類がまだ片付いていないからな。このまま城に行けば大臣に説教を食らうし、最悪戻れなくなる」
「ハハ、大臣の小言はなげーからな。……適当にごまかしとくよ」
「頼もしい弟を持って俺はしあわせだよ」
ハハ、と弟に笑いかけて補給部隊がファルコンから降りるのを見送る。姿が見えなくなったところで、はあ、とため息をついた。書類が片付いていないのは本当だが、すぐには片付きそうになかった。その内容があまりに問題だからだ。その件について大臣を問いただしたいのは山々だが、逆に長時間の説教を食らうのは火を見るより明らかだ。マッシュに言ったことは嘘ではない。
考えるのも忌々しいが、結論を出さないわけにはいかない。エドガーはフィガロの王だからだ。王たる者の責務を果たすのが、エドガーの存在意義で、全てだ。そのはずなのに、それを躊躇わせるものがある。城の外に飛び出して、仲間達と共に見てきたもの。当たり前のもので、自分もそれを重んじてきたはずなのに、当の自分が肝心なところで一番持っていないのではないだろうか。羨ましくないと言えば嘘になる。
――これでいいんだ。いい加減、腹を括ろう。
「どこ行くの、色男?」
「部屋で少し休んでくるよ」
「……顔色悪いよ、そんなんで大丈夫?」
「決戦は来週だ。それまでには回復しておくよ」
そう言って、エドガーは部屋に引っ込んだ。声をかけたリルムはむぅっと口を尖らせて、隣にいたセッツァーのコートの裾を引っ張った。
「見た? 全然回復しそうにないけど」
「ありゃ重症だな」
「フィガロから何か来てからだよね? 色男がああなったの」
「まあ、あの男のことだ。大体の想像はつくな」
「え、そうなの? 傷男すっごいな!」
「褒めても何も出ねえぞ。……しっかしこのままじゃ困るな。今度こそ最後なんだ。最後の大勝負に、全てを賭けられねえ奴は乗る前から負けてる。俺たちにそれは許されねえんだ」
いまいましそうに舌打ちをして、コートを翻すセッツァーをリルムは黙って見送った。空を見上げれば雲行きが少しだけ怪しくなっていた。
だが、それはエドガー達には好都合だった。まずは各地で散り散りになった仲間たちを探し求めた。荒れ果てた大地が広がるばかりの広大に見えた世界は空から見下ろせば意外に小さく、想像以上に世界はその息吹を取り戻そうとしていることがわかった。見つけ出した仲間たちはそれぞれの地で悩み苦しみを抱えながらも、自らのわだかまりにケリをつけ未来を守るために同行を申し出てくれた。
――たったひとりを除いて。
フィガロ城を救った後、セリスとマッシュからおおよその事情は聞いた。よかったのかもしれない、とエドガーは思った。小さな村で、子供たちに囲まれて穏やかに暮らすのがティナの本来あるべき姿なのだろうと思う。そして、いずれ誰か相応しい相手とささやかなしあわせを見つけてくれればそれでいい。奪ってしまったものを返すことはできないが、しあわせぐらいは願わせてほしい。
そんなエドガーの元にフィガロから一通の封筒が届いたのは、かつての仲間達の大半がファルコン号に乗り込んだ頃のことだった。それまでも、王の代理では決裁できない案件などがエドガーの元に送られてくることは多々あった。だから、誰も特に気に留めてはいなかった。当のエドガーすらも。
封筒を開け、中身を確認したエドガーがやけに考え込むような表情を見せるようになったことに気付いた者は多かったが、その内容に気付く者はいなかった。双子の弟を除いては。
「……あれ、兄貴は行かねえの?」
ファルコン号から降りる気配のない兄に、マッシュが声をかけた。表面上はいつもと変わらないように振る舞っているが、心なしか少しやつれて見えた。もう少し声をかけようとしてマッシュは口を閉ざした。こうなった兄は何がどうあってもマッシュの疑問に答えようとしないことは経験からわかっている。コインを投げるそのときまで、投げ終わっても尚、そうだったのだから。
「ああ、フィガロから送られてきた書類がまだ片付いていないからな。このまま城に行けば大臣に説教を食らうし、最悪戻れなくなる」
「ハハ、大臣の小言はなげーからな。……適当にごまかしとくよ」
「頼もしい弟を持って俺はしあわせだよ」
ハハ、と弟に笑いかけて補給部隊がファルコンから降りるのを見送る。姿が見えなくなったところで、はあ、とため息をついた。書類が片付いていないのは本当だが、すぐには片付きそうになかった。その内容があまりに問題だからだ。その件について大臣を問いただしたいのは山々だが、逆に長時間の説教を食らうのは火を見るより明らかだ。マッシュに言ったことは嘘ではない。
考えるのも忌々しいが、結論を出さないわけにはいかない。エドガーはフィガロの王だからだ。王たる者の責務を果たすのが、エドガーの存在意義で、全てだ。そのはずなのに、それを躊躇わせるものがある。城の外に飛び出して、仲間達と共に見てきたもの。当たり前のもので、自分もそれを重んじてきたはずなのに、当の自分が肝心なところで一番持っていないのではないだろうか。羨ましくないと言えば嘘になる。
――これでいいんだ。いい加減、腹を括ろう。
「どこ行くの、色男?」
「部屋で少し休んでくるよ」
「……顔色悪いよ、そんなんで大丈夫?」
「決戦は来週だ。それまでには回復しておくよ」
そう言って、エドガーは部屋に引っ込んだ。声をかけたリルムはむぅっと口を尖らせて、隣にいたセッツァーのコートの裾を引っ張った。
「見た? 全然回復しそうにないけど」
「ありゃ重症だな」
「フィガロから何か来てからだよね? 色男がああなったの」
「まあ、あの男のことだ。大体の想像はつくな」
「え、そうなの? 傷男すっごいな!」
「褒めても何も出ねえぞ。……しっかしこのままじゃ困るな。今度こそ最後なんだ。最後の大勝負に、全てを賭けられねえ奴は乗る前から負けてる。俺たちにそれは許されねえんだ」
いまいましそうに舌打ちをして、コートを翻すセッツァーをリルムは黙って見送った。空を見上げれば雲行きが少しだけ怪しくなっていた。