ふたりで固いマットレスに寝転がる。
「灯りを消すけど、大丈夫かい。君は暗いところがあまり……」
「大丈夫。エドガーがいてくれると、怖くないわ」
「……光栄だね」
一瞬ぐっと息を呑んで、エドガーは灯りを落とした。大丈夫だ。まだ、冗談めかして言うだけの余裕はある。
ティナの息遣い、髪がさらりと落ちる音まで聞こえそうな距離感に頭がくらくらしてくる。雨の音が一層激しさを増しているはずなのに、全く耳に入らない。ティナに背を向けて、布団を被り、目を瞑った。一緒に寝るだけだ。そこに他意はない。お互いに。ましてや、男女の情などあるはずがない。
どれだけ心の中で打ち消しても、沸き上がり膨らむ感情にエドガーはぐっと拳を握りしめた。
「エドガー」
鈴の鳴るような声で名前を呼ばれて、振り向くかどうするかを迷った。振り向けば、理性を保てる自信はもうなかった。フィガロ王国内で音に聞こえた女好き国王が、一緒に寝ているだけの女性相手に名前を呼ばれただけで理性を保つ自信すら持てないとは。それも相手は8つも年下の、恋すらも知らない子供だ。
それでも、飛ばしてしまったのだ。不可抗力と言えばそうだったのだろう。初めて会ったときに「君の美しさが心を捉えたからさ」と軽く口説いたのだが、今思えば半分本当だった。だから、ああなったのだ。そう思う。
今日みたいにひどい雨の夜だった。それぞれの役割を果たすべく別れた仲間たちとの合流を待つ間、暗い部屋で悪夢に泣いて怯える少女を見つけた。それ自体はただの偶然で、彼女の細い肩を抱きしめたのも特に他意はなかった。女性が泣いているのを見過ごすことができないという、自身の性質が呼んだ状況のはずだった。
宥めるだけのつもりだったのに、理性が崩れるのは一瞬だった。音も予感もなく、まるで砂上の城が風に吹き飛ぶかのごとく、頭が真っ白になった。何もわかっていないティナはエドガーにされるがままだった。ティナは「やめて」とは言わなかった。
それ以来、雨がひどい夜にはティナはエドガーの部屋を必ず訪ねてくるようになった。「雨の音が怖い」と言うティナの瞳に嘘はなく、そう言われてしまうとエドガーも無碍にできない。何とでも言って逃れることはできるはずなのに、それをしたくなかった。ティナが他の部屋に行くことなど想像もしたくない。既に最も大事なところでティナを傷つけているというのに、自分は傷つきたくないとは笑わせる。
振り向くことは、できなかった。
エドガーが拳に更に力を込めたとき、背中にそっと温もりが広がった。
「てぃ、ティナ……?」
「エドガー、貴方さっきから変よ?」
「何が……」
「だって、全然目を合わせてくれない……」
悲しそうな声音に、ぎくりとする。自分では努めて自然に振る舞っているつもりだったのに、見透かされているとは思わず自分が情けなくなる。
「やっぱり、私が人間じゃないからなの……?」
ティナの言葉に、目を見開いてがばりと身体を起こす。ティナは今にも泣きそうな顔をしていた。グラリと目眩を感じる。フィガロ城から脱出するときに、思わず発してしまった一言。その後の旅を経て知ったティナの出自。そのどれもが、ティナを惑わせている。乗り越えていたように見えたが、やはりそう簡単には割り切れないのだろう。
「そんなことは……」
「なら、どうして私を拒否するの?」
「拒否なんて」
「しているわ。今のエドガーは、フィガロ城でケフカと話をしていたときと同じ顔をしているもの」
「……!」
返す言葉もなかった。この少女は、誰にも気付かれないはずの仮面をいとも容易く剥ぎ取ってしまう。
――拒否なんて、できるものならとうにしている。
「拒否とは心外だな。一緒に寝てほしいと言ったのは君だろう。私は、君の望みを受け入れたつもりだが」
「そうだけど……。エドガーが何だかとても辛そうで」
「つらい……そうかもしれないね」
「私……、ここにいちゃダメ?」
――拒否ができないなら、いっそ壊せばいいのだろうか。何もかもをぶつけて。
「ダメなんかじゃない……」
だが、そうすれば今後の旅はどうなるのだろう? ティナを欠いてしまっては幻獣たちとの同盟も結べない。幻獣の力がなければこの戦争に勝利はありえない。
ティナの細い身体を抱きしめる。女性を抱きしめたことなんて初めてではないのに、ティナは誰よりも柔らかくて、温かくて、胸が痛かった。
「だが、君とこうしていると……」
しかし、こんな細い肩にそんな重荷を背負わせていいのだろうか。自分の身体を蹂躙した男の元に、何の打算もなく何度もやってくるような無防備な女性。本来なら、こんなところで剣など振るってはいなかっただろうに。
本当なら――。
「俺が俺でなくなりそうで、君を傷つけてしまうのがとても苦しくて、だけど……」
目の奥が痛むのは、新聞を熱心に読みすぎたせいだ。
ティナの真っ白な首筋にそっと口づけた。ピクリとティナの身体が震える。だが、ティナが嫌がる素振りはない。それがエドガーには苦しかった。
せめて、嫌がってくれたならそれを口実にできたのに。
「俺は君とこうしたくて仕方ないんだ、ティナ」
そのままティナを組み敷く。ティナの手がエドガーの頬を撫でるのを取って、手のひらに口づけた。
「どうしてエドガーは、それが苦しいの?」
「さあ、どうしてだろう」
子供が空の青さの理由を尋ねるかのごとく、心底わからないという表情でティナはエドガーに疑問をぶつける。エドガーはそれを躱した。どれだけ言葉を尽くしてぶつけてみたところで、ティナには伝わらないのだろう。本当にわからないのだから。
ならば、せめて。
「……寒いの? エドガー。震えているわ……」
「そうだね……。君は寒くないかい」
「……そうね、少し」
「なら、温めてあげよう。温まれば、雨の音も怖くなくなるし、私達の不安も……きっと消えるさ」
人の身体が温かいということだけは伝わってほしかった。
「灯りを消すけど、大丈夫かい。君は暗いところがあまり……」
「大丈夫。エドガーがいてくれると、怖くないわ」
「……光栄だね」
一瞬ぐっと息を呑んで、エドガーは灯りを落とした。大丈夫だ。まだ、冗談めかして言うだけの余裕はある。
ティナの息遣い、髪がさらりと落ちる音まで聞こえそうな距離感に頭がくらくらしてくる。雨の音が一層激しさを増しているはずなのに、全く耳に入らない。ティナに背を向けて、布団を被り、目を瞑った。一緒に寝るだけだ。そこに他意はない。お互いに。ましてや、男女の情などあるはずがない。
どれだけ心の中で打ち消しても、沸き上がり膨らむ感情にエドガーはぐっと拳を握りしめた。
「エドガー」
鈴の鳴るような声で名前を呼ばれて、振り向くかどうするかを迷った。振り向けば、理性を保てる自信はもうなかった。フィガロ王国内で音に聞こえた女好き国王が、一緒に寝ているだけの女性相手に名前を呼ばれただけで理性を保つ自信すら持てないとは。それも相手は8つも年下の、恋すらも知らない子供だ。
それでも、飛ばしてしまったのだ。不可抗力と言えばそうだったのだろう。初めて会ったときに「君の美しさが心を捉えたからさ」と軽く口説いたのだが、今思えば半分本当だった。だから、ああなったのだ。そう思う。
今日みたいにひどい雨の夜だった。それぞれの役割を果たすべく別れた仲間たちとの合流を待つ間、暗い部屋で悪夢に泣いて怯える少女を見つけた。それ自体はただの偶然で、彼女の細い肩を抱きしめたのも特に他意はなかった。女性が泣いているのを見過ごすことができないという、自身の性質が呼んだ状況のはずだった。
宥めるだけのつもりだったのに、理性が崩れるのは一瞬だった。音も予感もなく、まるで砂上の城が風に吹き飛ぶかのごとく、頭が真っ白になった。何もわかっていないティナはエドガーにされるがままだった。ティナは「やめて」とは言わなかった。
それ以来、雨がひどい夜にはティナはエドガーの部屋を必ず訪ねてくるようになった。「雨の音が怖い」と言うティナの瞳に嘘はなく、そう言われてしまうとエドガーも無碍にできない。何とでも言って逃れることはできるはずなのに、それをしたくなかった。ティナが他の部屋に行くことなど想像もしたくない。既に最も大事なところでティナを傷つけているというのに、自分は傷つきたくないとは笑わせる。
振り向くことは、できなかった。
エドガーが拳に更に力を込めたとき、背中にそっと温もりが広がった。
「てぃ、ティナ……?」
「エドガー、貴方さっきから変よ?」
「何が……」
「だって、全然目を合わせてくれない……」
悲しそうな声音に、ぎくりとする。自分では努めて自然に振る舞っているつもりだったのに、見透かされているとは思わず自分が情けなくなる。
「やっぱり、私が人間じゃないからなの……?」
ティナの言葉に、目を見開いてがばりと身体を起こす。ティナは今にも泣きそうな顔をしていた。グラリと目眩を感じる。フィガロ城から脱出するときに、思わず発してしまった一言。その後の旅を経て知ったティナの出自。そのどれもが、ティナを惑わせている。乗り越えていたように見えたが、やはりそう簡単には割り切れないのだろう。
「そんなことは……」
「なら、どうして私を拒否するの?」
「拒否なんて」
「しているわ。今のエドガーは、フィガロ城でケフカと話をしていたときと同じ顔をしているもの」
「……!」
返す言葉もなかった。この少女は、誰にも気付かれないはずの仮面をいとも容易く剥ぎ取ってしまう。
――拒否なんて、できるものならとうにしている。
「拒否とは心外だな。一緒に寝てほしいと言ったのは君だろう。私は、君の望みを受け入れたつもりだが」
「そうだけど……。エドガーが何だかとても辛そうで」
「つらい……そうかもしれないね」
「私……、ここにいちゃダメ?」
――拒否ができないなら、いっそ壊せばいいのだろうか。何もかもをぶつけて。
「ダメなんかじゃない……」
だが、そうすれば今後の旅はどうなるのだろう? ティナを欠いてしまっては幻獣たちとの同盟も結べない。幻獣の力がなければこの戦争に勝利はありえない。
ティナの細い身体を抱きしめる。女性を抱きしめたことなんて初めてではないのに、ティナは誰よりも柔らかくて、温かくて、胸が痛かった。
「だが、君とこうしていると……」
しかし、こんな細い肩にそんな重荷を背負わせていいのだろうか。自分の身体を蹂躙した男の元に、何の打算もなく何度もやってくるような無防備な女性。本来なら、こんなところで剣など振るってはいなかっただろうに。
本当なら――。
「俺が俺でなくなりそうで、君を傷つけてしまうのがとても苦しくて、だけど……」
目の奥が痛むのは、新聞を熱心に読みすぎたせいだ。
ティナの真っ白な首筋にそっと口づけた。ピクリとティナの身体が震える。だが、ティナが嫌がる素振りはない。それがエドガーには苦しかった。
せめて、嫌がってくれたならそれを口実にできたのに。
「俺は君とこうしたくて仕方ないんだ、ティナ」
そのままティナを組み敷く。ティナの手がエドガーの頬を撫でるのを取って、手のひらに口づけた。
「どうしてエドガーは、それが苦しいの?」
「さあ、どうしてだろう」
子供が空の青さの理由を尋ねるかのごとく、心底わからないという表情でティナはエドガーに疑問をぶつける。エドガーはそれを躱した。どれだけ言葉を尽くしてぶつけてみたところで、ティナには伝わらないのだろう。本当にわからないのだから。
ならば、せめて。
「……寒いの? エドガー。震えているわ……」
「そうだね……。君は寒くないかい」
「……そうね、少し」
「なら、温めてあげよう。温まれば、雨の音も怖くなくなるし、私達の不安も……きっと消えるさ」
人の身体が温かいということだけは伝わってほしかった。