テーブルを挟んで、伏せられた二枚のカードをリルムが真剣な顔でにらんでいるのを横目に、セッツァーはため息をついた。
「いつまで迷ってやがんだ」
「だって、傷男は絶対何かイカサマしてるはずだもん。リルムはそれを見抜いてやるの。天才画家の眼力で!」
「天才画家の眼力ならすぐ見抜けるだろ」
「修行中の天才画家なの!」
「何でも良いから早くしてくれ。これで終わりなんだからな」
カードにしか注目していない辺りがお子様だな、と思いながら懐から煙草を取り出し咥える。火を探そうとしたところで、腕組みをしながら唸っているリルムが目に入って、探すのをやめた。一服するのは勝敗が決してからでいい。
「こっち……うーん、でも先に置いてたのはこっちだし……」
火のついていない煙草を咥えたまま、視線を彷徨わせる。今日も空は晴れ渡っているのに、その色は血のように赤くて気が滅入る。セッツァーが駆け回りたかった空はこんな空ではなかった。ファルコンをこんな空の中で飛ばすのは今は亡き親友に申し訳ない気持ちになる。
――必ずあのときの青い空を取り戻してみせるから、今だけは我慢してくれよな。
「見切った! こっちだあー!」
リルムの威勢の良いかけ声に、セッツァーは空に彷徨わせていた思考を呼び戻された。視線をリルムに移せば、自慢げな笑顔が向けられている。
「やっとかよ」
「修行中だから仕方ない! でも、リルムはばっちり見切ったもんね! このとーり!」
セッツァーに向けられたカードに描かれたのは切り札となる道化の姿ではなくダイヤのエース。
「おー、たいしたもんだな。偶然でなきゃな」
「偶然なわけないし! これでリルムの3勝だもんね。だから傷男、似顔絵描かせてよね」
「そうだな、偶然ではないな。ま、約束は約束だから似顔絵ぐらい好きに描け。本気で賭けるにはもの足りねえベットだ」
「へへ、ありがと! 待ってて!」
そう言ってくるりと回って、愛用のお絵かき道具を取りに走るリルムを見送りながら、セッツァーはようやく煙草に火をつけた。
「ま、子供相手にはこんなもんだろ」
伏せられたもう一枚のカードを手に取って、くるくると弄ぶ。描かれたダイヤのエースにセッツァーは笑みをひとつ零した。
*
「あっティナ! ……と、色男。リルムお邪魔しちゃった?」
スケッチブックを持って部屋を出たところでティナを見かけ、近寄って声をかけたものの、死角になる場所にエドガーがいたことに気付いてリルムはしまったという顔をした。どうやらひととせの逢瀬を楽しんでいる最中……のように、リルムには見えた。もっとも、本人達はこれでも隠しているつもりらしい。
「まあ、そんなことないわ」
「そうとも。むしろ、この場合お邪魔虫なのは私の方ではないかな」
目を丸くするティナと、やれやれと苦笑するエドガーに何かを言おうとして、リルムは言葉を飲み込んだ。ティナの方は本心だろうが、エドガーの方はどうだろうか。天才画家の眼力をもってしても読めない。修行中の身だから、と心の中で言い訳をしておく。
「その様子だと、ラウンジでやってたセッツァーとの勝負には勝ったみたいだね」
「フフン、リルムは天才画家の眼力で傷男のイカサマを見破ってやったの!」
「すごいわリルム! 私、どうやってもセッツァーのイカサマは見抜けないのよ。イカサマしてるかどうかもわからないの」
「簡単だよ。傷男はね、優しいの」
「優しい……ね。なるほど、確かに天才画家の眼力は侮れないものがあるね」
「でしょー! じゃ、リルムもう行くね! 似顔絵の練習台になってもらうんだ!」
眩しい笑顔を振りまいて風のように去っていくリルムを見送りながら、ティナは感嘆の息をついた。
「リルムって本当にすごい子ね……」
「そうだね。よもやセッツァーも本当に見抜かれてるなんて思いもしてないだろう。しかしあの男もなかなか子供には甘いところがあるんだね」
「どういうこと?」
「イカサマは勝つだけじゃないってことさ」
面白いものだな、と口の中で呟きながら笑みを浮かべるエドガーに、ティナがするりと腕を絡ませた。
「ズルいわ、いつもエドガーばかりわかってる顔して」
「おや、そんな顔をしないでくれよ。……教えてほしいかい?」
「教えてくれるの?」
「君が望むならね。本当ならもっと他に伝えたいことがたくさんあるんだが」
「まあ。じゃあ、あとでお部屋に行ってもいい? 教えてほしいこと、いっぱいあるわ」
「もちろん。君の訪問はいつでも歓迎するよ」
「ありがとう、エドガー」
「俺の方こそ」
「いつまで迷ってやがんだ」
「だって、傷男は絶対何かイカサマしてるはずだもん。リルムはそれを見抜いてやるの。天才画家の眼力で!」
「天才画家の眼力ならすぐ見抜けるだろ」
「修行中の天才画家なの!」
「何でも良いから早くしてくれ。これで終わりなんだからな」
カードにしか注目していない辺りがお子様だな、と思いながら懐から煙草を取り出し咥える。火を探そうとしたところで、腕組みをしながら唸っているリルムが目に入って、探すのをやめた。一服するのは勝敗が決してからでいい。
「こっち……うーん、でも先に置いてたのはこっちだし……」
火のついていない煙草を咥えたまま、視線を彷徨わせる。今日も空は晴れ渡っているのに、その色は血のように赤くて気が滅入る。セッツァーが駆け回りたかった空はこんな空ではなかった。ファルコンをこんな空の中で飛ばすのは今は亡き親友に申し訳ない気持ちになる。
――必ずあのときの青い空を取り戻してみせるから、今だけは我慢してくれよな。
「見切った! こっちだあー!」
リルムの威勢の良いかけ声に、セッツァーは空に彷徨わせていた思考を呼び戻された。視線をリルムに移せば、自慢げな笑顔が向けられている。
「やっとかよ」
「修行中だから仕方ない! でも、リルムはばっちり見切ったもんね! このとーり!」
セッツァーに向けられたカードに描かれたのは切り札となる道化の姿ではなくダイヤのエース。
「おー、たいしたもんだな。偶然でなきゃな」
「偶然なわけないし! これでリルムの3勝だもんね。だから傷男、似顔絵描かせてよね」
「そうだな、偶然ではないな。ま、約束は約束だから似顔絵ぐらい好きに描け。本気で賭けるにはもの足りねえベットだ」
「へへ、ありがと! 待ってて!」
そう言ってくるりと回って、愛用のお絵かき道具を取りに走るリルムを見送りながら、セッツァーはようやく煙草に火をつけた。
「ま、子供相手にはこんなもんだろ」
伏せられたもう一枚のカードを手に取って、くるくると弄ぶ。描かれたダイヤのエースにセッツァーは笑みをひとつ零した。
*
「あっティナ! ……と、色男。リルムお邪魔しちゃった?」
スケッチブックを持って部屋を出たところでティナを見かけ、近寄って声をかけたものの、死角になる場所にエドガーがいたことに気付いてリルムはしまったという顔をした。どうやらひととせの逢瀬を楽しんでいる最中……のように、リルムには見えた。もっとも、本人達はこれでも隠しているつもりらしい。
「まあ、そんなことないわ」
「そうとも。むしろ、この場合お邪魔虫なのは私の方ではないかな」
目を丸くするティナと、やれやれと苦笑するエドガーに何かを言おうとして、リルムは言葉を飲み込んだ。ティナの方は本心だろうが、エドガーの方はどうだろうか。天才画家の眼力をもってしても読めない。修行中の身だから、と心の中で言い訳をしておく。
「その様子だと、ラウンジでやってたセッツァーとの勝負には勝ったみたいだね」
「フフン、リルムは天才画家の眼力で傷男のイカサマを見破ってやったの!」
「すごいわリルム! 私、どうやってもセッツァーのイカサマは見抜けないのよ。イカサマしてるかどうかもわからないの」
「簡単だよ。傷男はね、優しいの」
「優しい……ね。なるほど、確かに天才画家の眼力は侮れないものがあるね」
「でしょー! じゃ、リルムもう行くね! 似顔絵の練習台になってもらうんだ!」
眩しい笑顔を振りまいて風のように去っていくリルムを見送りながら、ティナは感嘆の息をついた。
「リルムって本当にすごい子ね……」
「そうだね。よもやセッツァーも本当に見抜かれてるなんて思いもしてないだろう。しかしあの男もなかなか子供には甘いところがあるんだね」
「どういうこと?」
「イカサマは勝つだけじゃないってことさ」
面白いものだな、と口の中で呟きながら笑みを浮かべるエドガーに、ティナがするりと腕を絡ませた。
「ズルいわ、いつもエドガーばかりわかってる顔して」
「おや、そんな顔をしないでくれよ。……教えてほしいかい?」
「教えてくれるの?」
「君が望むならね。本当ならもっと他に伝えたいことがたくさんあるんだが」
「まあ。じゃあ、あとでお部屋に行ってもいい? 教えてほしいこと、いっぱいあるわ」
「もちろん。君の訪問はいつでも歓迎するよ」
「ありがとう、エドガー」
「俺の方こそ」