風を切って、流れていく雲を見つめていると己の中にぽっかりと空いていた何かが、風で埋まっていく気がする。どこまでも広がる青い空は全てを飲み込んで、奪って、そして与えてくれる。だから惹かれる。離れられない。
隣に立って、大きな帽子を飛ばされないように押さえながら空を見つめる少女に視線を移す。ほんの数ヶ月前まで、自分と同じように空虚を風で埋めていたような表情は、今は何か違うもので満たされているように見えて、ふっと頬が緩んだ。
自分も、きっと同じ表情をしているのだろう。満たしてくれたのは、この少女だから。
視線に気付いたのか、少女がこちらを見る。
「……なに、ニヤニヤしてんのセッツァー」
「いや、リルムは面白い顔してんなと思って」
「な、何なの面白い顔って!」
「そういう顔だ」
顔を赤くして口唇を尖らせるリルムに、くつくつと笑ってセッツァーは再び前を向いた。視線の向こうには、黄金の大海原が見えてくる。
「じきにフィガロだ。着陸するぞ」
「久しぶりだね、色男と奥さんに会うのも」
「半年くらい前にも会った気がするがな。ったく、自分は城から動かねえんだから王様ってのはいいご身分だ。呼びつけられる方の身にもなってほしいぜ。飛空艇は砂まみれになっちまうし」
「そんなこと言いながら、『フィガロの客は気前がいい、美人も多いしな』って毎晩女の人と楽しそうに遊んでたじゃん。それも全部違う人。リルムがお仕事してる間にさー」
「……そういうのが楽しいお年頃だったんだよ」
過去の遊びを掘り返されて、セッツァーはばつが悪そうに頭をかいた。へへ、としてやったりな顔で笑顔を向けてくるリルムの細い肩を抱き寄せて、驚きに薄く開かれた口唇に自分のものを軽く重ねる。
「今はお前だけなんだから、いいだろ」
「も、もー……」
目の下を染めて、途端にもごもご口ごもるリルムにふっと頬を緩めて、「着陸するぞ、中に入ってろ」と操舵に戻る。
以前は砂漠に着陸することなど不可能だったが、年月はいつの間にかそれを可能にした。もっとも、飛空艇が砂にまみれるのでセッツァーはそれを好まない。が、あの死闘を経たとはいえ元々戦闘員ではないリルムを連れてモンスターの出る砂漠を横断するのは大変だし、城の近くに停泊させておけば、資材の搬入も楽だ。諸々を天秤にかけてセッツァーは飛空艇を砂まみれにすることを選んだ。砂は、飛んでいればそのうち落ちるだろう。多分。
赤茶けていた大地には緑が目立つようになり、淀んでいた水は清らかな流れを取り戻しつつある。様々なものが変化を遂げていく中で、黄金の大海原にそびえ立つ機械仕掛けの城だけは、あの大災害すらも存在しなかったかのようであった。
砂を巻き上げながら、兵士たちの誘導に従って飛空艇を着陸させる。着陸の衝撃が収まったところでリルムが濡れたタオルを持ってきてくれた。全身砂まみれだ。
「ったく、たまんねえな」
「もー、操舵室を中に置くように改造すれば?」
「そうしちまうと風を直に感じられねえだろ」
「理想と現実って難しいね……」
タオルを受け取って身体にかかった砂を払うも、あちこちに入り込んでいて埒が明かない。ため息をついてコートを脱ぎ、リルムに渡す。
「シャワー浴びてから行く。先にエドガーのとこに行って文句言っといてくれ」
「はあい」
銀髪を翻して中に消えていくセッツァーの後ろ姿を見送って、リルムは受け取ったコートの砂をぱたぱたと払いながら、それをそっと抱きしめた。セッツァーの香りがして、心が弾む。こんな風に、身につけていたものを預けてくれることは、ほんの数ヶ月前まではなかったことだ。そういう小さな変化に頬が緩んでしまう。
砂を払い、ついでにブラシもかけてからコートを吊るして、リルムは荷物をまとめると先に飛空艇を下りた。ハッチを開けると、フィガロ城からの兵士が既に出迎えに来ていた。
*
「よく来てくれたわね、リルム。大変だったでしょう」
「ティナ! ううん、大丈夫! セッツァーの飛空艇は世界一だもん。あっという間だよ」
兵士に案内されるままフィガロ城の城門をくぐると、王妃であるティナが自ら出迎えてくれた。そのドレス姿からは、かつて剣を振るっていた戦士としての面影はまったく感じられず、うっすらとまばゆい光のヴェールを纏っているかのような柔らかく不思議な雰囲気が、元々の美しさを更に際立たせている。また綺麗になったなあと内心で感嘆の息をつく。
「あら、セッツァーは? 飛空艇に残るの?」
「ううん、着陸するときに砂だらけになっちゃったから、シャワー浴びてくるって。王様に文句言っといてくれって言われた」
「まあ」
困ったようにくすくすと笑うティナに、リルムも笑顔を返す。前に会ったときは、ティナの笑顔にちくりとした胸の痛みを覚えていたのが、今は一緒に同じ気持ちで笑い合える。我ながら現金なものだとは思うが、大好きなティナとこうして向き合えるのは、素直に嬉しい。いつか自分もこんな素敵な女性になれるといいなと、こっそり願いながらリルムはティナの導きに従って王の間の扉をくぐった。
「やあ、リルム。依頼を引き受けてくれて感謝するよ」
玉座から立ち上がり、にこにこと歩み寄ってくるフィガロ国王エドガーに、リルムは一礼した。共に戦っていた頃より少し年齢を重ねたものの、未だに精悍で生命力と威厳に溢れたその姿はまさに王者そのもので、その寵愛を一身に受けるティナと並ぶとまさに絵に描いたようなおしどり夫婦だ。エドガーはリルムの好みとは若干趣を異にするが、それでも色男だなあとぼんやり感心する。
「ご依頼感謝します……と言いたいけど、セッツァーがカンカンだったよ。飛空艇がまた砂まみれだし、自分もだって」
「城が砂漠の真ん中だからね。砂の中に潜行する都合上、飛空艇の着陸場を整備するわけにもいかないのが申し訳ないところだ」
「フィガロに攻めてくるような国なんてもうないのに」
「何が起こるかわからないのが世界というものだからね」
おどけたように笑いながら、エドガーは側仕えの者にお茶の準備をするよう命じる。口調こそ軽いが、その言葉に含まれたものにはエドガー自身の経験の重さが感じられて、リルムはふう、と息をついた。
「まあ、言いたいことはわかるけどよ。文句ぐらいは言わせてくれ」
「セッツァー!」
背中越しに声をかけられて、振り向くと小綺麗に身支度を調えたセッツァーがそこにいた。
「いらっしゃい、セッツァー」
「ようティナ。しばらく見ないうちにまた別嬪になったな」
「俺の前でティナを口説くとはいい度胸してるね」
「挨拶ぐらいで目くじら立てんなよ」
言葉とは裏腹に、笑いながら軽口をたたき合うセッツァーとエドガーに、ティナとリルムは目を合わせてふふっと笑う。この二人は、タイプこそ正反対だがどこか似たような部分があって、そのやり取りを見ているだけでも面白い。
「ところで、今回はいつまでかかるんだ」
セッツァーが改めてエドガーの方に向き直る。ふたりはただフィガロ城に遊びに来たわけではない。今日ここを訪れたのは、リルムが画家としてフィガロ王国から正式に依頼を受けたからだ。セッツァーはあくまで、リルムをフィガロまで送り届けに来ただけに過ぎない。いつもなら、リルムをそのまま城に置いてセッツァーは飛空艇に戻ってしまうのだが。
「今回は新しく建てる聖堂に飾る用の絵だからね。少し大きなものになるし、時間がかかるかもしれない。もちろん、リルムにはフィガロ城に滞在してもらうし部屋を用意させるけど、君はどうする?」
「いつもどおりだ。飛空艇に戻る。せっかくだしフィガロの客相手に稼がせてもらわねえとな。とはいえ、あまり長くかかるようなら他をしばらく回ろうと思うが」
「えっ、リルムと一緒に泊まらないの……?」
事も無げに答えるセッツァーに、ティナの素っ頓狂な声が飛ぶ。リルムがフィガロ城に滞在して絵を描くのはこれが初めてではない。滞在中のセッツァーの身の振り方も大体いつも同じで、リルムもそれに慣れきっていただけにティナの発言にはふたりして顔を見合わせてしまう。
「泊まるって、セッツァーもフィガロ城に?」
「だって、お仕事の期間中セッツァーと離れてしまうんじゃ、リルムも寂しくない……?」
「え? それはそう、だけど……セッツァーもお仕事あるし」
「だからって、セッツァーもずっと飛空艇に詰めておくことないと思うのよ。……ダメかしら、エドガー?」
「別に困りはしないよ。部屋ならリルムと同じでいいだろうし、城に滞在してくれるなら飛空艇技術について、我が城の機械師団と技術交換などしてもらえると助かる。夜は俺の遊び相手を務めてくれると尚いいな」
「ね、どう?」
それがいいわ、とにこにこ話すティナにはモブリズで『ママ』をしていた頃のような抗えない空気を何となく感じる。セッツァーを見上げると、彼も感じていることは同じようで柄にもなく冷や汗など流している。ちらりとリルムを見る視線には「どうにかならねえのか」という言葉が含まれているように感じたが、「諦めろ」と視線で返事をした。
はあ、とセッツァーがため息をついた。
「わあったよ。ったく、帝国がなくなっても商売あがったりじゃねえか」
「まあまあ。代わりにと言っては何だが、今回の絵の報酬ははずませてもらうよ。必要なものは全て用意させる。技術交換についても礼はさせてもらう。城の出入りは自由だし、飛空艇に戻ってカジノをやりたければやるといい」
「了解だ」
「よろしくねリルム」
「う、うん! ありがとティナ」
思いがけずセッツァーもフィガロ城に滞在することが決まって、リルムは内心うきうきする気持ちを隠しきれずにいた。互いの仕事なので仕方ないことと割り切ってはいるものの、セッツァーと長く離れて寝るのは寂しいだろうなと感じていた。きゅ、とセッツァーの袖を指先でつまむ。気付いたセッツァーがリルムの方に視線を向けて、ふっと微笑んだ。
きっと、セッツァーも同じ気持ちだったのだろうなと感じられて、心がぽかぽかとしてくる。お仕事もいつも以上に頑張らないと、とやる気も出てきた。
「エドガー様、お茶の準備が調いました」
エドガーの命を受けていた側仕えが入室してきて、恭しく一礼する。
「ああ、ありがとう。ではふたりとも、長旅の疲れと積もる話もあるだろう。まずはお茶でもゆっくりいただくとしよう」
エドガーがティナの腰を抱いて、慣れた動きでエスコートしていく。それを見たリルムがふたりの後を追おうとしたとき、セッツァーの腕が組めと言わんばかりにさりげなく差し出された。甘酸っぱい気持ちが胸に広がるのを感じながら、リルムはセッツァーの腕に自らの手を絡めた。
隣に立って、大きな帽子を飛ばされないように押さえながら空を見つめる少女に視線を移す。ほんの数ヶ月前まで、自分と同じように空虚を風で埋めていたような表情は、今は何か違うもので満たされているように見えて、ふっと頬が緩んだ。
自分も、きっと同じ表情をしているのだろう。満たしてくれたのは、この少女だから。
視線に気付いたのか、少女がこちらを見る。
「……なに、ニヤニヤしてんのセッツァー」
「いや、リルムは面白い顔してんなと思って」
「な、何なの面白い顔って!」
「そういう顔だ」
顔を赤くして口唇を尖らせるリルムに、くつくつと笑ってセッツァーは再び前を向いた。視線の向こうには、黄金の大海原が見えてくる。
「じきにフィガロだ。着陸するぞ」
「久しぶりだね、色男と奥さんに会うのも」
「半年くらい前にも会った気がするがな。ったく、自分は城から動かねえんだから王様ってのはいいご身分だ。呼びつけられる方の身にもなってほしいぜ。飛空艇は砂まみれになっちまうし」
「そんなこと言いながら、『フィガロの客は気前がいい、美人も多いしな』って毎晩女の人と楽しそうに遊んでたじゃん。それも全部違う人。リルムがお仕事してる間にさー」
「……そういうのが楽しいお年頃だったんだよ」
過去の遊びを掘り返されて、セッツァーはばつが悪そうに頭をかいた。へへ、としてやったりな顔で笑顔を向けてくるリルムの細い肩を抱き寄せて、驚きに薄く開かれた口唇に自分のものを軽く重ねる。
「今はお前だけなんだから、いいだろ」
「も、もー……」
目の下を染めて、途端にもごもご口ごもるリルムにふっと頬を緩めて、「着陸するぞ、中に入ってろ」と操舵に戻る。
以前は砂漠に着陸することなど不可能だったが、年月はいつの間にかそれを可能にした。もっとも、飛空艇が砂にまみれるのでセッツァーはそれを好まない。が、あの死闘を経たとはいえ元々戦闘員ではないリルムを連れてモンスターの出る砂漠を横断するのは大変だし、城の近くに停泊させておけば、資材の搬入も楽だ。諸々を天秤にかけてセッツァーは飛空艇を砂まみれにすることを選んだ。砂は、飛んでいればそのうち落ちるだろう。多分。
赤茶けていた大地には緑が目立つようになり、淀んでいた水は清らかな流れを取り戻しつつある。様々なものが変化を遂げていく中で、黄金の大海原にそびえ立つ機械仕掛けの城だけは、あの大災害すらも存在しなかったかのようであった。
砂を巻き上げながら、兵士たちの誘導に従って飛空艇を着陸させる。着陸の衝撃が収まったところでリルムが濡れたタオルを持ってきてくれた。全身砂まみれだ。
「ったく、たまんねえな」
「もー、操舵室を中に置くように改造すれば?」
「そうしちまうと風を直に感じられねえだろ」
「理想と現実って難しいね……」
タオルを受け取って身体にかかった砂を払うも、あちこちに入り込んでいて埒が明かない。ため息をついてコートを脱ぎ、リルムに渡す。
「シャワー浴びてから行く。先にエドガーのとこに行って文句言っといてくれ」
「はあい」
銀髪を翻して中に消えていくセッツァーの後ろ姿を見送って、リルムは受け取ったコートの砂をぱたぱたと払いながら、それをそっと抱きしめた。セッツァーの香りがして、心が弾む。こんな風に、身につけていたものを預けてくれることは、ほんの数ヶ月前まではなかったことだ。そういう小さな変化に頬が緩んでしまう。
砂を払い、ついでにブラシもかけてからコートを吊るして、リルムは荷物をまとめると先に飛空艇を下りた。ハッチを開けると、フィガロ城からの兵士が既に出迎えに来ていた。
*
「よく来てくれたわね、リルム。大変だったでしょう」
「ティナ! ううん、大丈夫! セッツァーの飛空艇は世界一だもん。あっという間だよ」
兵士に案内されるままフィガロ城の城門をくぐると、王妃であるティナが自ら出迎えてくれた。そのドレス姿からは、かつて剣を振るっていた戦士としての面影はまったく感じられず、うっすらとまばゆい光のヴェールを纏っているかのような柔らかく不思議な雰囲気が、元々の美しさを更に際立たせている。また綺麗になったなあと内心で感嘆の息をつく。
「あら、セッツァーは? 飛空艇に残るの?」
「ううん、着陸するときに砂だらけになっちゃったから、シャワー浴びてくるって。王様に文句言っといてくれって言われた」
「まあ」
困ったようにくすくすと笑うティナに、リルムも笑顔を返す。前に会ったときは、ティナの笑顔にちくりとした胸の痛みを覚えていたのが、今は一緒に同じ気持ちで笑い合える。我ながら現金なものだとは思うが、大好きなティナとこうして向き合えるのは、素直に嬉しい。いつか自分もこんな素敵な女性になれるといいなと、こっそり願いながらリルムはティナの導きに従って王の間の扉をくぐった。
「やあ、リルム。依頼を引き受けてくれて感謝するよ」
玉座から立ち上がり、にこにこと歩み寄ってくるフィガロ国王エドガーに、リルムは一礼した。共に戦っていた頃より少し年齢を重ねたものの、未だに精悍で生命力と威厳に溢れたその姿はまさに王者そのもので、その寵愛を一身に受けるティナと並ぶとまさに絵に描いたようなおしどり夫婦だ。エドガーはリルムの好みとは若干趣を異にするが、それでも色男だなあとぼんやり感心する。
「ご依頼感謝します……と言いたいけど、セッツァーがカンカンだったよ。飛空艇がまた砂まみれだし、自分もだって」
「城が砂漠の真ん中だからね。砂の中に潜行する都合上、飛空艇の着陸場を整備するわけにもいかないのが申し訳ないところだ」
「フィガロに攻めてくるような国なんてもうないのに」
「何が起こるかわからないのが世界というものだからね」
おどけたように笑いながら、エドガーは側仕えの者にお茶の準備をするよう命じる。口調こそ軽いが、その言葉に含まれたものにはエドガー自身の経験の重さが感じられて、リルムはふう、と息をついた。
「まあ、言いたいことはわかるけどよ。文句ぐらいは言わせてくれ」
「セッツァー!」
背中越しに声をかけられて、振り向くと小綺麗に身支度を調えたセッツァーがそこにいた。
「いらっしゃい、セッツァー」
「ようティナ。しばらく見ないうちにまた別嬪になったな」
「俺の前でティナを口説くとはいい度胸してるね」
「挨拶ぐらいで目くじら立てんなよ」
言葉とは裏腹に、笑いながら軽口をたたき合うセッツァーとエドガーに、ティナとリルムは目を合わせてふふっと笑う。この二人は、タイプこそ正反対だがどこか似たような部分があって、そのやり取りを見ているだけでも面白い。
「ところで、今回はいつまでかかるんだ」
セッツァーが改めてエドガーの方に向き直る。ふたりはただフィガロ城に遊びに来たわけではない。今日ここを訪れたのは、リルムが画家としてフィガロ王国から正式に依頼を受けたからだ。セッツァーはあくまで、リルムをフィガロまで送り届けに来ただけに過ぎない。いつもなら、リルムをそのまま城に置いてセッツァーは飛空艇に戻ってしまうのだが。
「今回は新しく建てる聖堂に飾る用の絵だからね。少し大きなものになるし、時間がかかるかもしれない。もちろん、リルムにはフィガロ城に滞在してもらうし部屋を用意させるけど、君はどうする?」
「いつもどおりだ。飛空艇に戻る。せっかくだしフィガロの客相手に稼がせてもらわねえとな。とはいえ、あまり長くかかるようなら他をしばらく回ろうと思うが」
「えっ、リルムと一緒に泊まらないの……?」
事も無げに答えるセッツァーに、ティナの素っ頓狂な声が飛ぶ。リルムがフィガロ城に滞在して絵を描くのはこれが初めてではない。滞在中のセッツァーの身の振り方も大体いつも同じで、リルムもそれに慣れきっていただけにティナの発言にはふたりして顔を見合わせてしまう。
「泊まるって、セッツァーもフィガロ城に?」
「だって、お仕事の期間中セッツァーと離れてしまうんじゃ、リルムも寂しくない……?」
「え? それはそう、だけど……セッツァーもお仕事あるし」
「だからって、セッツァーもずっと飛空艇に詰めておくことないと思うのよ。……ダメかしら、エドガー?」
「別に困りはしないよ。部屋ならリルムと同じでいいだろうし、城に滞在してくれるなら飛空艇技術について、我が城の機械師団と技術交換などしてもらえると助かる。夜は俺の遊び相手を務めてくれると尚いいな」
「ね、どう?」
それがいいわ、とにこにこ話すティナにはモブリズで『ママ』をしていた頃のような抗えない空気を何となく感じる。セッツァーを見上げると、彼も感じていることは同じようで柄にもなく冷や汗など流している。ちらりとリルムを見る視線には「どうにかならねえのか」という言葉が含まれているように感じたが、「諦めろ」と視線で返事をした。
はあ、とセッツァーがため息をついた。
「わあったよ。ったく、帝国がなくなっても商売あがったりじゃねえか」
「まあまあ。代わりにと言っては何だが、今回の絵の報酬ははずませてもらうよ。必要なものは全て用意させる。技術交換についても礼はさせてもらう。城の出入りは自由だし、飛空艇に戻ってカジノをやりたければやるといい」
「了解だ」
「よろしくねリルム」
「う、うん! ありがとティナ」
思いがけずセッツァーもフィガロ城に滞在することが決まって、リルムは内心うきうきする気持ちを隠しきれずにいた。互いの仕事なので仕方ないことと割り切ってはいるものの、セッツァーと長く離れて寝るのは寂しいだろうなと感じていた。きゅ、とセッツァーの袖を指先でつまむ。気付いたセッツァーがリルムの方に視線を向けて、ふっと微笑んだ。
きっと、セッツァーも同じ気持ちだったのだろうなと感じられて、心がぽかぽかとしてくる。お仕事もいつも以上に頑張らないと、とやる気も出てきた。
「エドガー様、お茶の準備が調いました」
エドガーの命を受けていた側仕えが入室してきて、恭しく一礼する。
「ああ、ありがとう。ではふたりとも、長旅の疲れと積もる話もあるだろう。まずはお茶でもゆっくりいただくとしよう」
エドガーがティナの腰を抱いて、慣れた動きでエスコートしていく。それを見たリルムがふたりの後を追おうとしたとき、セッツァーの腕が組めと言わんばかりにさりげなく差し出された。甘酸っぱい気持ちが胸に広がるのを感じながら、リルムはセッツァーの腕に自らの手を絡めた。