心地よいまどろみから意識が覚醒していく。うっすらと目を開けば見慣れない本棚に囲まれた風景が目に入って、リルムはがばりと身を起こした。いつもと違うふかふかで広いベッド、部屋の中央に置かれた作業台の上には本が山積みになっている。ふと見れば、リルムは衣服を何も身につけておらず、下半身の鈍い痛みに記憶が急速に呼び起こされる。
夢じゃない、と確信を得たところで部屋の中のドアが開けられた。
「起きたのか」
「せ、せせセッツァー……!? なに、その格好!」
「あ? お前がいつまで経っても起きねえから、先にシャワー使ってただけだが」
腰にバスタオルを巻き、長い銀髪を無造作に拭きながら傷だらけの肉体を晒して歩くセッツァーを、リルムは直視できずに頭からシーツを被った。
セッツァーが腰掛けたのか、ぎしりとベッドがきしむ。
「昨夜はあんなに求めてくれたのに、つれねえじゃん」
「だ、だって……」
まだ頭の中の整理が追いつかない。あまりに色々なことが起こりすぎて、得たはずの確信がぐらぐらと揺らぎそうになる。
ずっと憧憬にも似た感覚で好きだった大人の男性が、本能が求めるような性愛の対象になっていて、しかもそれに応えてくれたなんて、昨日までの自分に言っても絶対信じてもらえない。
「まあいい。とりあえずシャワー浴びてこい。昨夜そのまま寝ちまったし、お前がそこにずっといたんじゃシーツも換えられねえ」
バスタオルをシーツ越しにぼすりと置かれて、セッツァーがベッドを離れる。もぞりとシーツから顔を出すと、セッツァーはシャツを着込んでいる最中だった。散らばっていたはずの服はバスケットの中にまとめられている。リルムはバスタオルを身体に巻き付けると、バスケットを抱えてシャワー室のドアを開けた。
シャワー室の内装すらも、リルムが普段使っている共用のものと違っていて、セッツァーの趣味と思われる調度品で溢れている。「不公平だあ」と不満をぽそりと漏らした。
温かいシャワーを浴びていると、身体と思考がすっきりしてくる。あまり感じられなかったが、確かに汗やら体液で不快だったのかもしれない。胸元に散る赤い痕が目に入って、昨夜のセッツァーを断片的に思い出しては顔が熱くなった。
あまり長居するのも怒られるかと思い、手早く身を清め着替えると、リルムはシャワー室の扉をおずおずと開いた。無造作にシャツを着込んだセッツァーが部屋の中央の作業台でソリティアに興じているのが見えた。何となくいつもの光景にほっと安堵を覚える。
「あ、あの」
「ああ、出たか。何か食うか」
「ん……、いい、あんまりお腹すいてない」
「そうか」
いそいそとセッツァーの隣に向かうと、ベッドのシーツはすっかり新しいものに換えられていた。
「シーツ、ごめん」
「気にすんな。洗えばいいことだ」
「そう……」
何となく気恥ずかしくて、何を話していいのかわからない。カードを並べていくセッツァーの手は、相変わらず綺麗だなと思った。
「立ってねえで座ったらどうだ」
「座るってどこに」
「そりゃお前、ここしかねえだろ」
腕を引かれて、セッツァーの膝の上に座らされる。ふわりと香るセッツァーのコロンの香りに、全身がかっと熱くなる。
「いー匂いだな」
「にににおいって……」
当のセッツァーはリルムの戸惑いなど気にも留めずに、リルムの髪にふわりと口づけながら呑気な声を上げている。何かにつけて「十年早え」が口癖だったのに、一夜でこの変わりよう。困惑するなという方が無理というものだ。
「せ、セッツァーって、意外と積極的だったりするんだ……」
「どうもそうみてえだな。お前は意外とビビリってことがわかって面白かったが」
「ビビリって! こんなの想像できるわけないじゃん!」
きいきいと暴れてみても、セッツァーはさも面白そうにくつくつと笑うだけで何のダメージも与えられない。せっかくいい女になったとか愛してるとか言われても、これではあまり変わっていない気もする。それが悔しくて、リルムはセッツァーの方に向き直ると、強引に唇を重ねた。
どうだ、と思っていたのもつかの間、あっという間に腕を絡め取られて舌を割り入れられた。そのまま好き放題に舌と唇を吸われて、収まったはずの熱が呼び起こされそうになる。
「ん……っ、ふ……」
「は……キスってのはこうすんだ。覚えとけ」
れろりと唇を舌でなぞられて、うう、と呻くことしかできない。一体どうすればこの差を埋めることができるのだろうか。「やっぱり十年早えな」と笑うセッツァーの肩に、ぽすんと顔を埋めた。
「ばか、キズ野郎、……置いていかないでよ」
「早く追いつけばすむ話だろ。……待っててやるから」
今更多少待つのくらいどうってことはねえ、と上を向かされ、再度口づけられる。セッツァーの胸元に添えた手から、とくとくと心臓の音が感じられて少しだけほっとする。唇が離れて、どきどきと暴れる心臓を内心で叱りつけながらぼうっと余韻に浸っていると、セッツァーの手がリルムの後ろに回され、リルムの首に何かがかけられた。いつも提げている二連の指輪をそういえば外したままだったと思い無意識に手をやったところで、指輪の数がいつもと違うことに気付く。
「え……?」
「18の誕生祝いだ」
「誕生日……」
すっかり忘れていた。壁にかけられたカレンダーを見れば、リルムが誕生した日付だった。
「待ってはやるが、どうしたって年の差は埋まらねえからな。順当に行けば俺の方が先に逝くことになるが」
「……」
「そのときには、俺のもそこに並べてくれりゃ嬉しい」
そう言うセッツァーの左手の小指には今までなかったはずの指輪が嵌っていて、リルムはセッツァーの顔を改めて見る。
「セッツァー……」
「俺の女にするって言っただろ」
「うん……! ありがとう」
涙を浮かべて、花が咲いたような笑みを見せるリルムにセッツァーも釣られて笑った。その笑顔が見たかったのだと、心の中が温かいもので満たされていくのを感じる。欲しかったものが、ようやく手に入った。
願わくば、永遠に。
「賭けは大当たりだったな」
夢じゃない、と確信を得たところで部屋の中のドアが開けられた。
「起きたのか」
「せ、せせセッツァー……!? なに、その格好!」
「あ? お前がいつまで経っても起きねえから、先にシャワー使ってただけだが」
腰にバスタオルを巻き、長い銀髪を無造作に拭きながら傷だらけの肉体を晒して歩くセッツァーを、リルムは直視できずに頭からシーツを被った。
セッツァーが腰掛けたのか、ぎしりとベッドがきしむ。
「昨夜はあんなに求めてくれたのに、つれねえじゃん」
「だ、だって……」
まだ頭の中の整理が追いつかない。あまりに色々なことが起こりすぎて、得たはずの確信がぐらぐらと揺らぎそうになる。
ずっと憧憬にも似た感覚で好きだった大人の男性が、本能が求めるような性愛の対象になっていて、しかもそれに応えてくれたなんて、昨日までの自分に言っても絶対信じてもらえない。
「まあいい。とりあえずシャワー浴びてこい。昨夜そのまま寝ちまったし、お前がそこにずっといたんじゃシーツも換えられねえ」
バスタオルをシーツ越しにぼすりと置かれて、セッツァーがベッドを離れる。もぞりとシーツから顔を出すと、セッツァーはシャツを着込んでいる最中だった。散らばっていたはずの服はバスケットの中にまとめられている。リルムはバスタオルを身体に巻き付けると、バスケットを抱えてシャワー室のドアを開けた。
シャワー室の内装すらも、リルムが普段使っている共用のものと違っていて、セッツァーの趣味と思われる調度品で溢れている。「不公平だあ」と不満をぽそりと漏らした。
温かいシャワーを浴びていると、身体と思考がすっきりしてくる。あまり感じられなかったが、確かに汗やら体液で不快だったのかもしれない。胸元に散る赤い痕が目に入って、昨夜のセッツァーを断片的に思い出しては顔が熱くなった。
あまり長居するのも怒られるかと思い、手早く身を清め着替えると、リルムはシャワー室の扉をおずおずと開いた。無造作にシャツを着込んだセッツァーが部屋の中央の作業台でソリティアに興じているのが見えた。何となくいつもの光景にほっと安堵を覚える。
「あ、あの」
「ああ、出たか。何か食うか」
「ん……、いい、あんまりお腹すいてない」
「そうか」
いそいそとセッツァーの隣に向かうと、ベッドのシーツはすっかり新しいものに換えられていた。
「シーツ、ごめん」
「気にすんな。洗えばいいことだ」
「そう……」
何となく気恥ずかしくて、何を話していいのかわからない。カードを並べていくセッツァーの手は、相変わらず綺麗だなと思った。
「立ってねえで座ったらどうだ」
「座るってどこに」
「そりゃお前、ここしかねえだろ」
腕を引かれて、セッツァーの膝の上に座らされる。ふわりと香るセッツァーのコロンの香りに、全身がかっと熱くなる。
「いー匂いだな」
「にににおいって……」
当のセッツァーはリルムの戸惑いなど気にも留めずに、リルムの髪にふわりと口づけながら呑気な声を上げている。何かにつけて「十年早え」が口癖だったのに、一夜でこの変わりよう。困惑するなという方が無理というものだ。
「せ、セッツァーって、意外と積極的だったりするんだ……」
「どうもそうみてえだな。お前は意外とビビリってことがわかって面白かったが」
「ビビリって! こんなの想像できるわけないじゃん!」
きいきいと暴れてみても、セッツァーはさも面白そうにくつくつと笑うだけで何のダメージも与えられない。せっかくいい女になったとか愛してるとか言われても、これではあまり変わっていない気もする。それが悔しくて、リルムはセッツァーの方に向き直ると、強引に唇を重ねた。
どうだ、と思っていたのもつかの間、あっという間に腕を絡め取られて舌を割り入れられた。そのまま好き放題に舌と唇を吸われて、収まったはずの熱が呼び起こされそうになる。
「ん……っ、ふ……」
「は……キスってのはこうすんだ。覚えとけ」
れろりと唇を舌でなぞられて、うう、と呻くことしかできない。一体どうすればこの差を埋めることができるのだろうか。「やっぱり十年早えな」と笑うセッツァーの肩に、ぽすんと顔を埋めた。
「ばか、キズ野郎、……置いていかないでよ」
「早く追いつけばすむ話だろ。……待っててやるから」
今更多少待つのくらいどうってことはねえ、と上を向かされ、再度口づけられる。セッツァーの胸元に添えた手から、とくとくと心臓の音が感じられて少しだけほっとする。唇が離れて、どきどきと暴れる心臓を内心で叱りつけながらぼうっと余韻に浸っていると、セッツァーの手がリルムの後ろに回され、リルムの首に何かがかけられた。いつも提げている二連の指輪をそういえば外したままだったと思い無意識に手をやったところで、指輪の数がいつもと違うことに気付く。
「え……?」
「18の誕生祝いだ」
「誕生日……」
すっかり忘れていた。壁にかけられたカレンダーを見れば、リルムが誕生した日付だった。
「待ってはやるが、どうしたって年の差は埋まらねえからな。順当に行けば俺の方が先に逝くことになるが」
「……」
「そのときには、俺のもそこに並べてくれりゃ嬉しい」
そう言うセッツァーの左手の小指には今までなかったはずの指輪が嵌っていて、リルムはセッツァーの顔を改めて見る。
「セッツァー……」
「俺の女にするって言っただろ」
「うん……! ありがとう」
涙を浮かべて、花が咲いたような笑みを見せるリルムにセッツァーも釣られて笑った。その笑顔が見たかったのだと、心の中が温かいもので満たされていくのを感じる。欲しかったものが、ようやく手に入った。
願わくば、永遠に。
「賭けは大当たりだったな」