勝負がつくのは一瞬で、あまりにもあっさりしていた。
勝利の女神が微笑んだのはセッツァーの方で、やっぱりね、とリルムはため息をついた。
「セッツァーの勝ちだね」
「そうだな、勝った方は自由にする。だから、今からお前の家に行くぞ」
セッツァーの顔を見て、草原の向こうの村を見て、空を見る。降るような星空と、月明かりが綺麗だった。きっと、セッツァーといるからこんなに綺麗だし、セッツァーがいなければこんな景色を見ることはなかった。
でも、もう、充分だ。
「わかった」
「そうシケた顔をするな」
「一個だけ聞かせてほしいんだけど」
「何だ?」
「あの日……何で、あんなことしたの?」
一瞬「何のことだ」とでも言いたそうな顔をした後、ああ、とセッツァーが笑みを浮かべる。
「確認だ」
「確認?」
「決着をつけるためにどうしても必要だったもんだ。俺はあの王様と違って、ギャンブルと飛空艇以外のことをあれこれ考えるのは好きじゃなくてな。嫌だったなら、悪かった」
「ううん。……嬉しかった」
「まあ、この期に及んでそれでも迷いはあったがな……だがこれで俺も腹が決まった。お前もそうだろ?」
何だか嬉しそうなセッツァーがやけに眩しくて、悔しかった。確かに、腹は決まった。
涙が出そうになるのをぐっと堪えて、リルムはセッツァーに背を向けるように歩き出した。
「行くよ」
*
サマサの村は魔法が失われて8年が経とうとしている今も、あの頃とあまり変わり映えのしない景色だ。強いて言えば、少し新しい家が増えたことだろうか。リルムの家はあの頃のままだ。最後に帰ったのはいつだっただろうか。
「じいさん、生きてるか?」
セッツァーがノックをしながら声をかけると、しばらくして家の主が姿を現した。血の繋がりこそないものの、リルムの大切な家族が。以前より少しばかり痩せて更に皺が深くなった気がするが、瞳には精悍な光が宿ったままで、さぞ毎日が楽しいのであろうことが窺える。
「何じゃ、セッツァーとリルムか。こんな時間にどうしたゾイ?」
「すまないな。もう少し明るい時間に来ようかと思っていたが、気付くのが遅くなった」
「ただいま、おじいちゃん」
ストラゴスの怪訝な表情に、何をどう告げたものか逡巡している間にセッツァーが口を開いた。何の迷いもなく。
「色々考えたが、筋は通すべきだろうと思ってな」
「筋?」
「ああ。お前の孫、俺の女にするからな。いいな、ストラゴス?」
「え……?」
セッツァーの言葉に、リルムの思考回路がまたしてもショートする。今なんて言った? 俺の女?
ストラゴスはと言えば、目を丸くしてぱちくりと数回瞬きをした後、「何を今更」などと言っている。
「ちょ、ちょっとセッツァー! どういうこと? 賭けに勝ったのはセッツァーじゃん!」
「あ? ベットは俺とお前の全てで、勝った方が自由にするって言っただろ。だから、勝った俺がお前を自由にする。」
「え……ええ?」
「つまり、負けたお前は俺の女になる。それとも、お前は嫌か? 俺の嫁になると言って乗り込んできたのは嘘だったのか?」
セッツァーはニヤニヤと笑っている。絶対にわかっててやっている、とリルムは確信した。
「う、うそじゃないもん」
「上等だ。いいかストラゴス?」
「どうもこうも、今更すぎるゾイ。わしゃ、リルムのことはとっくに嫁に出したつもりでいたゾイ」
「嫁に出すにはちっとばかし早すぎたと思うがな。おかげで随分遠回りをした。13そこそこのガキンチョを嫁にしようなんて誰が思うかよ」
「おぬしは育てる方がお好みかと思ったがのう。ま、終わりよければ全てよしじゃろう」
「終わってねえし、そんな手間を好むのは王様の方だろ」
じゃあ、挨拶は終わりだと言ってセッツァーがリルムの肩を抱き寄せる。何が何だかよくわからないまま、セッツァーの愛用しているコロンの香りと温かな手の力強さに頭がくらくらしてくる。
踵を返しながら片手を挙げるセッツァーに、ストラゴスはただただにこやかに手を振っていた。「たまには寄っておくれよ」などと呑気に言いながら。
*
「ちゃんと説明して!」
飛空艇に戻るや否や、セッツァーから慌てて身を離すとリルムは彼をキッと見据えながら問い詰めた。当のセッツァーは面倒くさそうな表情を隠しもせず、顔にかかる銀髪をかき上げる。
「説明も何も、最初に説明したルールの通りだがな。ベットは俺とお前の全て。勝った方が自由にすればいい。だから、勝った俺は負けたお前を俺の女にする」
「で、でも、リルムをサマサに帰したかったんじゃないの……。ずっと帰れって言ってたじゃん。でもリルムが帰らないって言うから……、だから勝負して、"勝った"んでしょ?」
「俺は今回の勝負でそんなことは一言も言ってねえ。何度も言ってるだろ。ベットは"俺とお前の全て"で、"勝った方が自由にすればいい"なんだ。まだわからねえのか」
「ええ……?」
それはそうだけど、とモゴモゴ呟きながら頭を抱えるリルムにセッツァーはくつくつとおかしそうに笑っている。
「まっ、何にしても俺がお前相手に負けるなんざありえねえがな」
「うう、もうわけわかんない……屁理屈だあ」
「だからお前はお子様なんだよ」
笑いながら説明をするセッツァーの笑顔が悔しい。
ぐるぐると混乱する頭の中で、どうやらセッツァーは最初からこうするつもりだったらしいということだけは何となく理解した。ダイスを投げる寸前に、瞳に浮かんだように見えた迷いの色は、リルムの処遇をどうするかという迷いだった。初めは本当に運を天に任せるつもりだったセッツァーは、ダイスを投げる瞬間にようやく自分の願いが想像以上に強かったことを知った。その瞬間からリルムが負けることは決定済みだったわけだ。
そこまで言われたところで頭の中でぼんっと音がしそうになる。
「ちょ、ちょっと待って、ってことは、えっと、その」
「何だ」
「セッツァーはその、リルムのこと好きなの? だからこんなことしたの?」
「いや、知らねえけど……そういうことになるんじゃねえの」
「知らねえって何で!」
「んなことこんなところで言えるか!」
「他に誰もいないじゃん!」
「それでもだ!」
これまで余裕の笑みをたたえていたセッツァーの表情が初めて崩れたのを見た気がする。少しだけ、してやったりな気持ちと、はっきり言葉で聞くまでは夢なんじゃないかと信じきれない気持ちが入り交じる。
嘘じゃないと言って欲しい。
「リルムはお子様だから、言ってくれなきゃわかんない。っていうか、セッツァーはずっと何も言ってくれないから全然わからないよ! いつもリルムばっかり好きって言ってるけど、『十年早え』だけで、それなのにいきなりあ、あんなキスしてきたりとか、俺の女にするとか、リルムのことどう思ってるの!」
「お前なあ。……ああもう、わかったよ。ただしここじゃ駄目だ」
「何で?」
「そういうことはな、ベッドの中で言うもんだ」
すう、と目を細めて低い声で囁きながら、長い指でさらりと髪に触れられて、顔が熱くなる。
「べ、ベッドのなか……」
「俺の女になるってのはそういうことだ。お前は俺を好きだと言ってきたが、子供の言うことなんざ真に受ける方がどうかしてる。だが、いつの間にか子供じゃなくなってたし、俺もそれを思い知った。だから、素人相手にわざわざ"勝つ"方を選んだ」
「なっなんで」
「そりゃお前……、わかれよ」
ぐいと腰を抱き寄せられて、唇を重ねられて、あまりの熱さに息ができない。何度か角度を変えて啄むように口づけられて、頭の先からつま先までがひとつの感情で埋め尽くされてしまう。
唇が離れてもセッツァーの顔が、まともに見られない。「リルム」と呼びかける低い声とまっすぐな視線には、男としての本能がリルムを求めているらしいことが間違いなく含まれていて、それが否応なしに感じられて身体の奥が熱くなってくる。今までそんな顔をしたことも、そんな声で語りかけてきたこともなかったのに、急に色々なものを向けられて受け止めきれない。
「あ、あの」
「嫌か?」
「いやじゃない、けど、あの、その」
先程までの威勢はどこへやら、顔を赤くして視線を合わそうともせずにしおしおと縮こまって口ごもるリルムに、セッツァーは口角を上げると額にそっと口づけた。
「お前、意外としおらしいところあるんだな。心配するな。最初くらいは、優しくしてやる」
「……うん」
結局最初から最後までセッツァーのペースで事が進んでいくのを、悔しいと思う自分と嬉しいと思う自分がいて、ずっと心臓が高鳴りっぱなしだ。額に触れたセッツァーの唇の感触にすら本能が呼び起こされて、もっと、もう一度、という想いが溢れてくる。
セッツァーの袖をきゅっと掴むと、「来い」と導かれるままに歩みを進めた。
勝利の女神が微笑んだのはセッツァーの方で、やっぱりね、とリルムはため息をついた。
「セッツァーの勝ちだね」
「そうだな、勝った方は自由にする。だから、今からお前の家に行くぞ」
セッツァーの顔を見て、草原の向こうの村を見て、空を見る。降るような星空と、月明かりが綺麗だった。きっと、セッツァーといるからこんなに綺麗だし、セッツァーがいなければこんな景色を見ることはなかった。
でも、もう、充分だ。
「わかった」
「そうシケた顔をするな」
「一個だけ聞かせてほしいんだけど」
「何だ?」
「あの日……何で、あんなことしたの?」
一瞬「何のことだ」とでも言いたそうな顔をした後、ああ、とセッツァーが笑みを浮かべる。
「確認だ」
「確認?」
「決着をつけるためにどうしても必要だったもんだ。俺はあの王様と違って、ギャンブルと飛空艇以外のことをあれこれ考えるのは好きじゃなくてな。嫌だったなら、悪かった」
「ううん。……嬉しかった」
「まあ、この期に及んでそれでも迷いはあったがな……だがこれで俺も腹が決まった。お前もそうだろ?」
何だか嬉しそうなセッツァーがやけに眩しくて、悔しかった。確かに、腹は決まった。
涙が出そうになるのをぐっと堪えて、リルムはセッツァーに背を向けるように歩き出した。
「行くよ」
*
サマサの村は魔法が失われて8年が経とうとしている今も、あの頃とあまり変わり映えのしない景色だ。強いて言えば、少し新しい家が増えたことだろうか。リルムの家はあの頃のままだ。最後に帰ったのはいつだっただろうか。
「じいさん、生きてるか?」
セッツァーがノックをしながら声をかけると、しばらくして家の主が姿を現した。血の繋がりこそないものの、リルムの大切な家族が。以前より少しばかり痩せて更に皺が深くなった気がするが、瞳には精悍な光が宿ったままで、さぞ毎日が楽しいのであろうことが窺える。
「何じゃ、セッツァーとリルムか。こんな時間にどうしたゾイ?」
「すまないな。もう少し明るい時間に来ようかと思っていたが、気付くのが遅くなった」
「ただいま、おじいちゃん」
ストラゴスの怪訝な表情に、何をどう告げたものか逡巡している間にセッツァーが口を開いた。何の迷いもなく。
「色々考えたが、筋は通すべきだろうと思ってな」
「筋?」
「ああ。お前の孫、俺の女にするからな。いいな、ストラゴス?」
「え……?」
セッツァーの言葉に、リルムの思考回路がまたしてもショートする。今なんて言った? 俺の女?
ストラゴスはと言えば、目を丸くしてぱちくりと数回瞬きをした後、「何を今更」などと言っている。
「ちょ、ちょっとセッツァー! どういうこと? 賭けに勝ったのはセッツァーじゃん!」
「あ? ベットは俺とお前の全てで、勝った方が自由にするって言っただろ。だから、勝った俺がお前を自由にする。」
「え……ええ?」
「つまり、負けたお前は俺の女になる。それとも、お前は嫌か? 俺の嫁になると言って乗り込んできたのは嘘だったのか?」
セッツァーはニヤニヤと笑っている。絶対にわかっててやっている、とリルムは確信した。
「う、うそじゃないもん」
「上等だ。いいかストラゴス?」
「どうもこうも、今更すぎるゾイ。わしゃ、リルムのことはとっくに嫁に出したつもりでいたゾイ」
「嫁に出すにはちっとばかし早すぎたと思うがな。おかげで随分遠回りをした。13そこそこのガキンチョを嫁にしようなんて誰が思うかよ」
「おぬしは育てる方がお好みかと思ったがのう。ま、終わりよければ全てよしじゃろう」
「終わってねえし、そんな手間を好むのは王様の方だろ」
じゃあ、挨拶は終わりだと言ってセッツァーがリルムの肩を抱き寄せる。何が何だかよくわからないまま、セッツァーの愛用しているコロンの香りと温かな手の力強さに頭がくらくらしてくる。
踵を返しながら片手を挙げるセッツァーに、ストラゴスはただただにこやかに手を振っていた。「たまには寄っておくれよ」などと呑気に言いながら。
*
「ちゃんと説明して!」
飛空艇に戻るや否や、セッツァーから慌てて身を離すとリルムは彼をキッと見据えながら問い詰めた。当のセッツァーは面倒くさそうな表情を隠しもせず、顔にかかる銀髪をかき上げる。
「説明も何も、最初に説明したルールの通りだがな。ベットは俺とお前の全て。勝った方が自由にすればいい。だから、勝った俺は負けたお前を俺の女にする」
「で、でも、リルムをサマサに帰したかったんじゃないの……。ずっと帰れって言ってたじゃん。でもリルムが帰らないって言うから……、だから勝負して、"勝った"んでしょ?」
「俺は今回の勝負でそんなことは一言も言ってねえ。何度も言ってるだろ。ベットは"俺とお前の全て"で、"勝った方が自由にすればいい"なんだ。まだわからねえのか」
「ええ……?」
それはそうだけど、とモゴモゴ呟きながら頭を抱えるリルムにセッツァーはくつくつとおかしそうに笑っている。
「まっ、何にしても俺がお前相手に負けるなんざありえねえがな」
「うう、もうわけわかんない……屁理屈だあ」
「だからお前はお子様なんだよ」
笑いながら説明をするセッツァーの笑顔が悔しい。
ぐるぐると混乱する頭の中で、どうやらセッツァーは最初からこうするつもりだったらしいということだけは何となく理解した。ダイスを投げる寸前に、瞳に浮かんだように見えた迷いの色は、リルムの処遇をどうするかという迷いだった。初めは本当に運を天に任せるつもりだったセッツァーは、ダイスを投げる瞬間にようやく自分の願いが想像以上に強かったことを知った。その瞬間からリルムが負けることは決定済みだったわけだ。
そこまで言われたところで頭の中でぼんっと音がしそうになる。
「ちょ、ちょっと待って、ってことは、えっと、その」
「何だ」
「セッツァーはその、リルムのこと好きなの? だからこんなことしたの?」
「いや、知らねえけど……そういうことになるんじゃねえの」
「知らねえって何で!」
「んなことこんなところで言えるか!」
「他に誰もいないじゃん!」
「それでもだ!」
これまで余裕の笑みをたたえていたセッツァーの表情が初めて崩れたのを見た気がする。少しだけ、してやったりな気持ちと、はっきり言葉で聞くまでは夢なんじゃないかと信じきれない気持ちが入り交じる。
嘘じゃないと言って欲しい。
「リルムはお子様だから、言ってくれなきゃわかんない。っていうか、セッツァーはずっと何も言ってくれないから全然わからないよ! いつもリルムばっかり好きって言ってるけど、『十年早え』だけで、それなのにいきなりあ、あんなキスしてきたりとか、俺の女にするとか、リルムのことどう思ってるの!」
「お前なあ。……ああもう、わかったよ。ただしここじゃ駄目だ」
「何で?」
「そういうことはな、ベッドの中で言うもんだ」
すう、と目を細めて低い声で囁きながら、長い指でさらりと髪に触れられて、顔が熱くなる。
「べ、ベッドのなか……」
「俺の女になるってのはそういうことだ。お前は俺を好きだと言ってきたが、子供の言うことなんざ真に受ける方がどうかしてる。だが、いつの間にか子供じゃなくなってたし、俺もそれを思い知った。だから、素人相手にわざわざ"勝つ"方を選んだ」
「なっなんで」
「そりゃお前……、わかれよ」
ぐいと腰を抱き寄せられて、唇を重ねられて、あまりの熱さに息ができない。何度か角度を変えて啄むように口づけられて、頭の先からつま先までがひとつの感情で埋め尽くされてしまう。
唇が離れてもセッツァーの顔が、まともに見られない。「リルム」と呼びかける低い声とまっすぐな視線には、男としての本能がリルムを求めているらしいことが間違いなく含まれていて、それが否応なしに感じられて身体の奥が熱くなってくる。今までそんな顔をしたことも、そんな声で語りかけてきたこともなかったのに、急に色々なものを向けられて受け止めきれない。
「あ、あの」
「嫌か?」
「いやじゃない、けど、あの、その」
先程までの威勢はどこへやら、顔を赤くして視線を合わそうともせずにしおしおと縮こまって口ごもるリルムに、セッツァーは口角を上げると額にそっと口づけた。
「お前、意外としおらしいところあるんだな。心配するな。最初くらいは、優しくしてやる」
「……うん」
結局最初から最後までセッツァーのペースで事が進んでいくのを、悔しいと思う自分と嬉しいと思う自分がいて、ずっと心臓が高鳴りっぱなしだ。額に触れたセッツァーの唇の感触にすら本能が呼び起こされて、もっと、もう一度、という想いが溢れてくる。
セッツァーの袖をきゅっと掴むと、「来い」と導かれるままに歩みを進めた。