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2019/02/07 12:34
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 カジノホールでは、セッツァーが卓の上でカードを広げ、ソリティアに興じていた。山札から取っては規則正しく並べていく。その手つき、表情に普段と変わったところは見受けられない。

「何だ……全然酔ってないじゃん」
「エドガーに何か言われたか? 俺がワイン一本ぐらいで酔い潰れるわけねえだろ」
「そうだけど」

 言われてみれば、確かにそのとおりだ。エドガーに上手くのせられてしまった気がして、少しだけ複雑な気持ちになる。
 セッツァーと向かい合う形で卓に座り、手にしていたコップをセッツァーの方に置く。セッツァーは「ああ、ありがとうよ」と口角を少しだけ上げた。それだけなのに、嬉しくなってしまう自分はつくづく現金なものだと思う。
 カードを手に取るセッツァーの長い指と、わずかに伏せられた瞳、無造作に伸ばされた銀髪、傷痕だらけなのにどこか美しさを感じる肌、見ていると自分の中が鮮やかに彩られていく気がする。

「エドガーとティナはどうした」
「お茶の片付けしてもらってるよ」
「そうか」
「……ねえ、色男と何話してたの? ティナとの惚気話?」
「まあな。……くだらねえ話だよ」

 言いながら、セッツァーはどこか面白くない表情をしているように思えた。それ以上踏み込んではいけないような雰囲気を感じて、リルムは黙ることしかできなかった。
 カードを並べ終わったセッツァーが、リルムの方に視線を移す。目が合って、全身を血が駆け巡る感覚がした。その視線から感じられるものが普段のそれとは違っていて、ここにいてはいけない気がする。セッツァーとまともに視線を合わせたのは初めてかもしれない。

「あ……、リルム、エドガー達の見送りに行ってくる」
「リルム」

 逃げるようにセッツァーの隣を通り過ぎようとしたところで名前を呼ばれて、硬直したように身体が動かなくなる。
 何かを言う前に、腕を掴まれ引き寄せられて、セッツァーの顔が驚くほど近くに近付き、重ねられた。びくりと身体が震えたのを宥めるように背中にセッツァーの手が回され、撫でられ、リルムの身体から力が抜けていく。アルコールと葡萄の香りが鼻に抜ける。舌で唇を割り開かれ、歯列をねろりとなぞられて身体の奥からぞくりとした感覚が駆け上ってくる。
 こんなのは、知らない。

「ん……っ、んぅ……」

 縮こまっている舌を絡め取られて、何をどうしていいのかもわからないまま、ただセッツァーの動きにされるがまま。唾液が混ざり合い、唇と舌を吸われ、呼吸も満足にできない。熱い息の合間に喉の奥から漏れるセッツァーのくぐもった声と、唇同士の奏でる水音が聴覚を犯して、ぞくぞくする。それは決して不快な感覚ではなかった。
 それは時間にして数秒ほどの出来事だったが、リルムには永遠にも感じられた。ようやくセッツァーが唇を離したとき、リルムはセッツァーに支えられていなければ立っていることもできなかった。対して、セッツァーの方は顔色ひとつ変えずにリルムを品定めでもするかのように見つめている。少しだけ、悔しい。

「……はぁ……ぁ……」
「……なるほどな」
「な、なに……」
「こっちの話だ」

 身体を離して、へたり込みそうになるリルムをゆっくりと床に座らせて、セッツァーはコートと長い銀髪と翻してホールを後にした。中途半端に灯された火が、苦しい。

「なんで……」

 頭がぐるぐると回って、セッツァーに触れられた部分が熱くて、心臓が口から出そうなほどに暴れている。これが、エドガーとの話の結論だというのだろうか。だとすれば、一体どう解釈すればいいのか。セッツァーは酔っていないと言っていた。ならば、このキスにはどういう意味があるのか。

「言ってくれなきゃわかんないよ、バカ、傷野郎」

 だからお前はガキなんだよ、と聞こえるはずのないセッツァーの声が聞こえた気がした。
 わからないものはどう考えてもわからない。広がったはずの世界は未だに狭いままに思える。ただひとつわかったのは、驚きと困惑にショートした思考回路の隅で別の本能が首をもたげたことだった。今まで、想像もできなくてわからなかった望みが、引っ張り出された気がする。
 ……叶うならば、もう一度。

「なかなか楽しいゲームだったよ。ぜひまた手合わせ願いたいものだね」
「ハッ、危うく身ぐるみ剥がされるとこだったが、女神は俺を見放してなかったようだな。今度やるときは真剣勝負で頼むぜ。まっ、客として来てくれりゃもっといいんだがな」
「仮にも一国の王がカジノに入り浸るわけにもいかないからね」
「ブラックジャック号のカジノには入り浸っていたくせによく言うぜ」
「あれは別だよ」

 飛空艇から下りようとするフィガロ国王夫妻を見送りながら、セッツァーはコートのポケットからダイスを一つ取り出し、高く放り投げ、キャッチしてみせた。それを見ていたエドガーとティナが怪訝な表情をする。

「どういう意味だい?」
「見ての通りの意味さ」
「そうか……。ワイン一本分の価値はあったということでいいのかな」
「まあな。癪だがワインは美味かったからな」
「どうするんだい」
「さあ、それはわからねえな。……俺は賭けるだけだ」
「勝てるといいわね」

 ふわりと微笑むティナに「そうだな」と笑って、ハッチを閉めた。

「……セッツァーは、どうするつもりなのかしら」
「さあ、わからないな。だが、やはり今日の彼は随分とわかりやすい」
「だからってあんまりいじめちゃだめよ。身ぐるみを剥ぐだなんて」

 まるで小さい子に向けてお説教でもするかのような口調のティナに、エドガーは困ったような笑顔を見せ、肩をすくめた。

「最後は返してあげたんだから許してほしいな」
「ばれてたみたいだけど?」
「まあね。わかって乗ってきたんだろう」
「……リルム、飛空艇を下りるべきか悩んでいたわ」
「だろうね。そろそろ限界なんだ。お互いにね。俺がそうだったから、よくわかるよ」
「そうね、エドガーも困っていたものね」
「まったく、気付いてみれば単純なことなのだがね。これだから年は取りたくないと思ったよ」
「でも、エドガーは決意してくれたわ。だから、私も決めたの。あのふたりも、そうなるといいわね」

 風が吹いて、ティナの柔らかな金の髪がふわりとなびく。風から身を守るように、エドガーがティナの肩を抱き寄せ、マントの中に導いた。

「心配いらないさ。セッツァーも伊達に年は食っていない。どういう結論を出したにせよ、悪いようにはならないはずさ。リルムのことが大切なのは、変わらないのだから」
「私たちと同じように?」

 見上げてくるティナにそっと微笑みかけて、エドガーはティナの肩を抱いて歩き始めた。

「いや……。きっと、俺たち以上さ」

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