「まさか俺たちが結婚してから三年経ってもそのままとはね」
「俺もそう思うよ」
ワイングラスにワインを注ぎながら、テーブルを挟んで座っているフィガロ国王が心底呆れたような表情を見せた。世界の復興支援のまとめ役を一手に引き受けるフィガロ国王エドガーは三年前に伴侶を得てからというもの、その多忙さとは裏腹にますます生命力が漲っているようで、擦れていく一方の自分とは対照的だとセッツァーは思う。今年のフィガロ産ワインは非常にいい出来だぞ、と笑顔で渡されたワインを一気に煽れば、喉をするりと流れていった。カードを引き、チップを積もうとして辞めた。
「しかしリルムももう18になるんだろう? いつまでもこのまま飛空艇に乗せておくわけにもいくまい」
「そうは言っても降りねえんだよな、あいつ」
「カジノの気に入らない客はどうあっても追い出すのにかい」
「客じゃねえからな。……レイズ、80だ」
「そうかい。リレイズ」
エドガーが積んできたチップを見て、表情をちらりと盗み見るも、相変わらず何を考えているのか庸として読めない。17の頃に一国を背負う身となり、かつてのガストラ帝国と同盟関係を維持しながらも、反帝国軍と通じるなどという綱渡りの外交術を発揮し、修羅場を潜ってきたその手腕と度胸は並大抵のものではない。セッツァーにとっては最も勝負し甲斐のある相手であると言えるが、付き合いの長さとは裏腹に真剣勝負をする機会には恵まれないままだ。なくてよかったのかもしれない。
「君自身はどうしたいんだ?」
「どうもこうも、俺は決まった女に縛られるつもりはねえ」
「なら、尚のことこのままリルムを乗せておくわけにはいかないんじゃないかい」
「だから降りねえんだっての。……ショーダウンだ」
開かれたエドガーの手札を見て、セッツァーは自分の手札をテーブルに投げ出した。今日は一度も勝てていない。
「随分調子が悪そうだね」
「くだらねえ話を持ちかけてくるからだ」
「"くだらない話"にそこまで動揺するかね」
今日の君はとてもわかりやすいよ、と言いながら優雅な仕草でワインを口に含むエドガーがやけに癇に障って、セッツァーは口の中で小さく舌打ちをした。エドガーの言いたいことはわかっているし、セッツァーもこのままでいいとは思っていない。だが、どうにも踏ん切りがつかないでいる。
決まった女に縛られるつもりはない、という言葉に偽りはない。エドガーとティナが結婚してから三年が経ち、リルムはますます美しく成長した。正直、顔もプロポーションも含めてかなり好みの部類に入る。貴族やカジノの客相手に、持ち前の口の悪さを発揮しつつも仕事はきちんとこなす手腕も、ハラスメントまがいのことを言われながら言い寄られようとも画板を投げつけて撃退するほどの物怖じのなさも、好ましいと思っている。あの頃から更に豊かになった胸など、叶うものなら好き放題してみたい。
だが、リルムは仲間で、あの戦いから八年近く経とうとしている今現在においてもまだ若すぎるほどに若く、セッツァーについて世界中を回っているとはいえ、彼女の世界はまだそう広いものではない。その点が引っかかる。
「君のことだから、すぐにでも手を出すかと思っていたのに」
「ガキに手出すほど女に不自由してねえ。お前と一緒にするな」
「おや、心外だね。俺だって特に不自由はしていなかったぞ。……俺がティナに手を出すどころか、自分の想いを伝えることすらできないでいたのは知っていただろう。いつ最後になるかわからないこんなときだからこそ、自分の想いを貫くべきじゃないのか、賽は投げないと何も始まらないぞと王様相手に説教してきたギャンブラーは誰だったかな」
「俺でした」
くつくつと笑いながらカードを切るエドガーを横目に、セッツァーはワインを乱暴に喉に流し込んだ。気取るつもりはないが、ある意味ではエドガーとティナを結びつけたのは自分だ。ティナのことを誰よりも想っていたくせに王としての使命だの何だのと、徹底して「自分」を出そうとしないエドガーの煮え切らないとも取れる態度に業を煮やしたことは否定できない。セッツァーは自分のためにしか生きたことがない。ゆえに、エドガーの立場はわかっても最初から最後まで自分を秘めようとするその考えは理解ができない。ということを、思うままに述べてみただけだが、よもやこの器用なのか不器用なのかよくわからないふたりがあっさりと結婚するまでに至るとはセッツァー自身も予想だにしていなかった。そういえば、あのときもこんな風に卓を囲んでいた。
「もう1ゲームどうだい」
「まだ巻き上げる気かよ」
「なかなかこうして遊ぶ機会もないものでね。王様のつらいところさ」
「しゃーねえ、付き合ってやる」
カードを配るエドガーの、左手の薬指に光る指輪を見て、リルムの胸元で揺れていた二連の指輪を何となく思い出した。色こそくすんでいたものの、かなりの上物に見えた。サマサのような田舎村のどこでそんな指輪を準備することができたのか、リルムの両親については謎しかない。詮索する気もないが。
いつかは、自分もそんな揃いの指輪を誰かに贈るのだろうか。想像もつかない。したくない、の方が正解かもしれない。
リルムに指輪を贈ってやったら喜ぶのだろうかとぼんやり考える。数年前、カジノの客に貰った贈り物の処遇に困って、リルムにプレゼントしてやったことがある。「リルムに?」と目を見開き驚いた後、「ありがとう!」と文字通り花が咲くような笑顔を向けられて、面食らったのを覚えている。そんな顔ができるのか、と妙な感心もした。あの笑顔を向けられるのなら、悪くはない気もする。
「セッツァー、ベットはどうするんだ」
エドガーに呼ばれて、はっと我に返った。仮にもゲームの最中に他ごとに意識を取られるとは、勝負師の名がすたる。手札を見て、少し考え込む。
「オールインだ」
「大きく出たね」
「どうせ巻き上げられるなら、身ぐるみ剥がされるのも悪かねえ」
「人を追いはぎみたいに言わないでほしいな」
まったく君は本当に口が悪い、と余裕の薄い笑みをたたえながらも、エドガーは少し考えあぐねているようだった。今日何杯目かもわからないワインをグラスに注ぎ足す。ふわふわとした酔いがとても心地良い。
「……お前から見て、俺はどう見えるんだ」
「若い女性を拐かして、世界中連れ回している悪い男かな」
「本物だと思うか」
「そこを今更疑う方が俺には驚きだよ」
「だがあいつは」
「何年一緒にいると思っているんだい。それとも、真贋も見抜けないほど、彼女の目も君の目も曇っていると言うのかい。……いずれにせよ、彼女のことは大切なんだろう。それが愛であれ情であれ、大切なら決着はつけるべきだと思うよ。君にとっても、彼女にとっても中途半端なのが一番良くない」
「……」
ぐうの音も出ない、とはこのことか。積まれたチップを指先で弄びながら、セッツァーは何も言えずにいた。
「子供だ、子供だと思っているのは俺たちだけで、リルムは美しく立派なレディに成長した。彼女の歳の頃には、俺は国王に即位していたし、ティナもセリスも剣を振るってあの過酷な戦いに身を投じていた。リルムも、もう何もわからない年頃ではないぞ」
「だから厄介なんだよなあ……」
「やれやれ、あの頃の君はこういう気分だったのか、というのがよくわかるよ。……チェックだ」
「俺はお前の気分がよくわかるよ」
はあ、と互いにため息をつく。エドガーの言うとおりなのかもしれない。ただの憧れや気の迷いで済まされるような年月はとっくに越えている。ましてや、10歳の頃から大人たちに囲まれ、絵描きとしての確かな目を持ち、並んで戦っていたような彼女が今更セッツァーに幻想を抱くこともないであろうことは想像に難くない。ただ、認めたくない。
「まあ、考える時間は充分すぎるほどにあっただろう。勝負師でありながら、自分のことにすら決着をつけられないとは、さすらいのギャンブラーの名が泣くぞ」
「……ショーダウンだ」
「おっと」
開かれた手札に、エドガーが困ったような笑みを浮かべた。
「決着……か」
口の中でそう呟いて、セッツァーは卓の上に積まれたチップを全てかき寄せた。
「俺もそう思うよ」
ワイングラスにワインを注ぎながら、テーブルを挟んで座っているフィガロ国王が心底呆れたような表情を見せた。世界の復興支援のまとめ役を一手に引き受けるフィガロ国王エドガーは三年前に伴侶を得てからというもの、その多忙さとは裏腹にますます生命力が漲っているようで、擦れていく一方の自分とは対照的だとセッツァーは思う。今年のフィガロ産ワインは非常にいい出来だぞ、と笑顔で渡されたワインを一気に煽れば、喉をするりと流れていった。カードを引き、チップを積もうとして辞めた。
「しかしリルムももう18になるんだろう? いつまでもこのまま飛空艇に乗せておくわけにもいくまい」
「そうは言っても降りねえんだよな、あいつ」
「カジノの気に入らない客はどうあっても追い出すのにかい」
「客じゃねえからな。……レイズ、80だ」
「そうかい。リレイズ」
エドガーが積んできたチップを見て、表情をちらりと盗み見るも、相変わらず何を考えているのか庸として読めない。17の頃に一国を背負う身となり、かつてのガストラ帝国と同盟関係を維持しながらも、反帝国軍と通じるなどという綱渡りの外交術を発揮し、修羅場を潜ってきたその手腕と度胸は並大抵のものではない。セッツァーにとっては最も勝負し甲斐のある相手であると言えるが、付き合いの長さとは裏腹に真剣勝負をする機会には恵まれないままだ。なくてよかったのかもしれない。
「君自身はどうしたいんだ?」
「どうもこうも、俺は決まった女に縛られるつもりはねえ」
「なら、尚のことこのままリルムを乗せておくわけにはいかないんじゃないかい」
「だから降りねえんだっての。……ショーダウンだ」
開かれたエドガーの手札を見て、セッツァーは自分の手札をテーブルに投げ出した。今日は一度も勝てていない。
「随分調子が悪そうだね」
「くだらねえ話を持ちかけてくるからだ」
「"くだらない話"にそこまで動揺するかね」
今日の君はとてもわかりやすいよ、と言いながら優雅な仕草でワインを口に含むエドガーがやけに癇に障って、セッツァーは口の中で小さく舌打ちをした。エドガーの言いたいことはわかっているし、セッツァーもこのままでいいとは思っていない。だが、どうにも踏ん切りがつかないでいる。
決まった女に縛られるつもりはない、という言葉に偽りはない。エドガーとティナが結婚してから三年が経ち、リルムはますます美しく成長した。正直、顔もプロポーションも含めてかなり好みの部類に入る。貴族やカジノの客相手に、持ち前の口の悪さを発揮しつつも仕事はきちんとこなす手腕も、ハラスメントまがいのことを言われながら言い寄られようとも画板を投げつけて撃退するほどの物怖じのなさも、好ましいと思っている。あの頃から更に豊かになった胸など、叶うものなら好き放題してみたい。
だが、リルムは仲間で、あの戦いから八年近く経とうとしている今現在においてもまだ若すぎるほどに若く、セッツァーについて世界中を回っているとはいえ、彼女の世界はまだそう広いものではない。その点が引っかかる。
「君のことだから、すぐにでも手を出すかと思っていたのに」
「ガキに手出すほど女に不自由してねえ。お前と一緒にするな」
「おや、心外だね。俺だって特に不自由はしていなかったぞ。……俺がティナに手を出すどころか、自分の想いを伝えることすらできないでいたのは知っていただろう。いつ最後になるかわからないこんなときだからこそ、自分の想いを貫くべきじゃないのか、賽は投げないと何も始まらないぞと王様相手に説教してきたギャンブラーは誰だったかな」
「俺でした」
くつくつと笑いながらカードを切るエドガーを横目に、セッツァーはワインを乱暴に喉に流し込んだ。気取るつもりはないが、ある意味ではエドガーとティナを結びつけたのは自分だ。ティナのことを誰よりも想っていたくせに王としての使命だの何だのと、徹底して「自分」を出そうとしないエドガーの煮え切らないとも取れる態度に業を煮やしたことは否定できない。セッツァーは自分のためにしか生きたことがない。ゆえに、エドガーの立場はわかっても最初から最後まで自分を秘めようとするその考えは理解ができない。ということを、思うままに述べてみただけだが、よもやこの器用なのか不器用なのかよくわからないふたりがあっさりと結婚するまでに至るとはセッツァー自身も予想だにしていなかった。そういえば、あのときもこんな風に卓を囲んでいた。
「もう1ゲームどうだい」
「まだ巻き上げる気かよ」
「なかなかこうして遊ぶ機会もないものでね。王様のつらいところさ」
「しゃーねえ、付き合ってやる」
カードを配るエドガーの、左手の薬指に光る指輪を見て、リルムの胸元で揺れていた二連の指輪を何となく思い出した。色こそくすんでいたものの、かなりの上物に見えた。サマサのような田舎村のどこでそんな指輪を準備することができたのか、リルムの両親については謎しかない。詮索する気もないが。
いつかは、自分もそんな揃いの指輪を誰かに贈るのだろうか。想像もつかない。したくない、の方が正解かもしれない。
リルムに指輪を贈ってやったら喜ぶのだろうかとぼんやり考える。数年前、カジノの客に貰った贈り物の処遇に困って、リルムにプレゼントしてやったことがある。「リルムに?」と目を見開き驚いた後、「ありがとう!」と文字通り花が咲くような笑顔を向けられて、面食らったのを覚えている。そんな顔ができるのか、と妙な感心もした。あの笑顔を向けられるのなら、悪くはない気もする。
「セッツァー、ベットはどうするんだ」
エドガーに呼ばれて、はっと我に返った。仮にもゲームの最中に他ごとに意識を取られるとは、勝負師の名がすたる。手札を見て、少し考え込む。
「オールインだ」
「大きく出たね」
「どうせ巻き上げられるなら、身ぐるみ剥がされるのも悪かねえ」
「人を追いはぎみたいに言わないでほしいな」
まったく君は本当に口が悪い、と余裕の薄い笑みをたたえながらも、エドガーは少し考えあぐねているようだった。今日何杯目かもわからないワインをグラスに注ぎ足す。ふわふわとした酔いがとても心地良い。
「……お前から見て、俺はどう見えるんだ」
「若い女性を拐かして、世界中連れ回している悪い男かな」
「本物だと思うか」
「そこを今更疑う方が俺には驚きだよ」
「だがあいつは」
「何年一緒にいると思っているんだい。それとも、真贋も見抜けないほど、彼女の目も君の目も曇っていると言うのかい。……いずれにせよ、彼女のことは大切なんだろう。それが愛であれ情であれ、大切なら決着はつけるべきだと思うよ。君にとっても、彼女にとっても中途半端なのが一番良くない」
「……」
ぐうの音も出ない、とはこのことか。積まれたチップを指先で弄びながら、セッツァーは何も言えずにいた。
「子供だ、子供だと思っているのは俺たちだけで、リルムは美しく立派なレディに成長した。彼女の歳の頃には、俺は国王に即位していたし、ティナもセリスも剣を振るってあの過酷な戦いに身を投じていた。リルムも、もう何もわからない年頃ではないぞ」
「だから厄介なんだよなあ……」
「やれやれ、あの頃の君はこういう気分だったのか、というのがよくわかるよ。……チェックだ」
「俺はお前の気分がよくわかるよ」
はあ、と互いにため息をつく。エドガーの言うとおりなのかもしれない。ただの憧れや気の迷いで済まされるような年月はとっくに越えている。ましてや、10歳の頃から大人たちに囲まれ、絵描きとしての確かな目を持ち、並んで戦っていたような彼女が今更セッツァーに幻想を抱くこともないであろうことは想像に難くない。ただ、認めたくない。
「まあ、考える時間は充分すぎるほどにあっただろう。勝負師でありながら、自分のことにすら決着をつけられないとは、さすらいのギャンブラーの名が泣くぞ」
「……ショーダウンだ」
「おっと」
開かれた手札に、エドガーが困ったような笑みを浮かべた。
「決着……か」
口の中でそう呟いて、セッツァーは卓の上に積まれたチップを全てかき寄せた。